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家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

支援級に困る!<3>(自閉症児篇)<子どもの支援体制は保護者に一任すべきなのか?>

支援級に困る!<2>(自閉症児篇)の続きです。

 

ちょっとデリケートな話題だ。子どもに軽度とはいえ障害があったり、発達障害があるということをすんなり認められる親というのはあまりいないだろう。また、支援級を勧められたときに、支援級がどういうものかも知らない状態で、すんなりと子どもの進路を支援級にすると決められる親も少ないと思う。子どもの進路を考えるためには、まずは保護者に適切な知識などがないと判断することもできないのは仕方のないことだ。

 

多くの親、保護者が、育てている子どもに対して、幸せになって欲しいと願うものだと思う。幸せのヴィジョンは人それぞれだろうから、とやかく言えることではないが、もしエリートみたいな人生を歩むことが幸せだと思っているのであれば、子どもの障害や支援級は、その幸せを壊すものに見えてしまうかもしれない。障害や支援級の実態を見れば、そのような幸せ像を壊すものでないことは分かると思うけれども、閉鎖的な、あるいは旧弊な価値観が強い地域だと、人とは違ったルートに入ってしまうことを恐れるというのもあるかもしれない。

 

僕らの場合は、自分の好きなことを見つけ、人にも優しく、そして楽しく人生を過ごすことが、幸せだと思っているから、子どもにもそういう意味で幸せになって欲しいと思っているということもあって、障害があってたとしても、必要な支援を受けられるようにすることが、子どもの幸せにつながると思っている。そのためには、どういう支援が必要なのか、支援級はどういうところなのか、ということを、それこそ、長女が保育園に入ったころから、たくさん調べた。まずは知らなければならない。

 

僕らに相談しにきた人の場合は、発達障害や支援級に対してあまり知らないことから、得体の知れないものに対する恐怖みたいな反応となって、ひたすら拒絶したというのがあるのだろう。

 

困ったことがあった。

 

ちなみに、五十音云々のことについては、虚偽を教えられたか、支援級にも重度中度軽度でクラス別けがなされている小学校も多いので、重度のクラスで行われていることを誤認しているのではないか? とも指摘しておいた。実際、長女が通う軽度の支援級では通常級と同じ教科書を用い、文科省の方針に従って学習が進められている。また、療育においても、長女は年長さんからは、五十音や数字はプリントなどを使って順番に覚えていっていた。また、僕の話で恐縮だけれど、僕は、小学校一年生のときには五十音も数字も書けない子どもだった。今なら、間違いなく支援級だったろう。そして、僕はいま長女が受けているような療育や、支援級に進んでいたら無駄にストレスフルだった小学校時代を送らずに済んだのではないかとも思っている。夢遊病や胃痙攣、過呼吸、偏頭痛に悩まされないで済んだだろう。ちなみに、これらの心因性のものは、高校に入学した頃に緩和され、18歳になって家を出てからは治った。無力な子ども時代のストレスは大人になることで解消されたのだろう。余談だけれど、離婚の時にチックや過呼吸になったけれども、このときもストレスがすごかった。離婚のばたばたが終わると治った。

 

通常級と支援級、どちらに進むかは、親の意向が強く反映してしまう。それがいいことなのか悪いことなのか僕には判断がつかない。全ての保護者がその子にとって適切な進路を考えるだけの見識や論理的判断能力を持っているわけでもないし、それぞれの育った環境などによる偏見などが強いこともあるだろう。また、子ども一人しか育てていない場合は、何が他の子と違うのか、ということも分かりにくいし、軽度の場合は、通常級で過ごしていたとしても、障害に気が付きにくいということもある。たまに言われるように、おとなしい子の場合は、担任から支援級がいいのではないか? と言われるような問題行動もないために、放置されたまま、ただ成績が悪かったり、運動能力が低かったり、コミュニケーション能力が低いという子どもとして、適切な支援が受けられないまま、小学校の6年間を過ごすことになる。子ども時代を思い出すと、そんな子が何人もクラスにいた。

 

軽度知的障害や発達障害の子どもにとって、通常級に進む方がいいのか、支援級に進む方がいいのかという問題は、なかなか答えが出ないだろう。それは、子どもの障害特性だけでなく、子どもを取り囲む環境によっても変わる問題だからかもしれない。そもそも、保護者が支援級に対してネガティブなイメージを持っている場合は、支援級に進むということ自体が、子どもにストレスを与えるかもしれない。保育園や幼稚園、そして小学校の担任から支援級をすすめられたということだけで、過剰な反応をしてしまう保護者は、障害がないことを証明しようとして、過度に習い事をさせてみたり、教育虐待につながるような長時間の学習などをさせてしまうこともある。また、支援級や療育に行かないことで保護者も孤立する。アメリカの療育などでは、ペアレンツトレーニングというものが重視され、障害を持つ子どもだけでなく、子どもを支援する親の認識などを教育している。適切な支援を拒否するということは、保護者もまた適切な支援を受ける機会が失われる。独自の教育観、子育て観だけではどうにもならないこともある。

 

支援級に困る!<4>(自閉症児篇)に続きます。