いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

取り組みに困る!<1>(自閉症児篇)<名古屋といっても地域差がある>

「時代と地域によって変わる自閉症児の環境」(長女5歳)

 

困ったことがあった。

 

自閉症で軽度知的障害の長女が3歳の頃に、名古屋市に引っ越すことになった。名古屋の前はボストンと東京で長女は育っている。

 

ボストンでの長女へのケアは満足のいくものだったということもあって、東京では少し違和感があった。とはいえ、東京で通っていた療育は素晴らしいところだったし、当初は療育を子供のストレスなどへの配慮から反対していた保育園の園長も話せば理解してくれたし、そこの保育士も自閉症児への理解が必要だと思ったらしく、療育への見学や個人的な勉強をしてくれた。長女が引っ越しのために少し早い退園になったときには担任の先生が涙を流しながらお別れ会を開いてくれた。僕ももらい泣きをしてしまった。

 

障害児の保育やケアなどには考えの違いもあるだろう。子供ひとりひとりに違いがあるのだから、保育やケアに対する考えの違いがあることも大事なことだと思う。あとは、その子やその子の環境に合っている保育やケアはどういうものになるのかを、周囲の大人たちがそれぞれに持つ考えを擦り合わせていくことがより良い環境を作っていくのだと思う。一つの制度だけを杓子定規に押し付けてしまうことの方が危険かもしれない。

 

名古屋に引っ越すことなったというのもあって、東京から名古屋の保育園を探すことになった。名古屋の保育園に電話で問い合わせると、保育園の見学、面接には自閉症児の本人を連れて来るようにと言われた。当時の長女は変化に弱く、東京から名古屋という比較的近い距離だとしても僕らとしてはちょっとハードルが高いものだった。また、そのときは1歳になったばかりの双子の次女三女もいた。家族5人で東京から名古屋の保育園の面接に行くことは困難だと判断したため、妻と長女のみで名古屋の保育園に行くことになった。

 

とある公立の保育園では、15:30までしか預かれないという事実上の預かり拒否を言い渡されてしまった。区役所に相談すると、預かり時間は園長が決めることなので区役所としては何も言えない、そして、また障害児が15:30までしか預かれないというのは結構あるという話だった。

 

現在、長女が通っている保育園は、他の障害児を抱えた保護者からの情報によれば、僕らが住む地域の名古屋市の公立の保育園としては珍しく健常児と同じように18時まで預かってくれるところ、ということだった。その保護者は18時まで預かってくれるこの保育園に感謝しているということだった。

 

「預かってもらえるだけで助かるので、この保育園に文句を言うなんて考えられない」

 

ということになってしまう。「障害児を預かってもらえるだけで感謝しなければならない」この呪いの言葉のようなものはなんだろうか。それは、なんだ、これは、障害児というだけで、受け入れられたことに感謝して、頭を下げて、平身低頭、五体投地するかのようにして、へりくだって生きろ、ということが、求められている社会ということなのだろうか。人の上に人を作り、人の下に人を作る社会ということなんだろうか。僕にはちょっと受け付けられない感謝の心だ。こんなことをいうと名古屋の人は怒るけれども、ボストンでも東京でも、障害者に受け入れてもらえるだけありがたいと思えなんて、そんなことを少しでも口に出したら炎上もんだ。

 

そして、僕らはそんな名古屋市に、名古屋市と言ってもそれなりに広いので全部が全部というわけでないだろうけれども、名古屋市の中でも下町と呼ばれる地域に引っ越してしまった。名古屋の方からも、あの辺はキツイ、と言われるような地域だ。

 

先日、妻が職場の方と名古屋市の保育園ついて話し合ったらしい。その方は20歳くらい年配の方で、ダウン症の子供と、うちと同じように双子がいる。その方の場合は、名古屋市ではなく、隣の市に住んでいたそうだ。20年近く前ということもあって、今では将棋の名人で持て囃されるその市だけれども、障害児に対する取り組みはひどいものだったという。公立の保育園はもちろん預かり拒否ということで、住所を名古屋市に移して、名古屋市の私立保育園に入園させることになったということだった。きっと、その市は私立保育園の数も少なかったろうし、名古屋市の方が私立保育園は多かったのだろう。名古屋市の公立保育園に通わせなかったのは、公立保育園では預かり拒否があったということかもしれない。

 

そのときと比べれば、自閉症児やダウン症児へのケアはよくなっていると言えるだろう。現に、長女は名古屋市の公立保育園で預かって「もらえて」いる。しかし、そこには、やはり「もらえている」という感覚がある。ボストンや東京では感じることもなかった感謝やへりくだりの気持ち。

 

今回は4回に分けることにしました。続きは、取り組みに困る!<2>(自閉症児篇)になります。