いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

凸凹発達に困る!<3>(自閉症児篇)<加配保育と子どもの発達>

凸凹発達に困る!<2>(自閉症児篇)の続きです。

 

名古屋市の保育園の全てというわけではないけれども、国や自治体で大まかな方針が決まっていたとしても、実際の運用は保育園に任されていることも多くある。障害児などの保育となると、それぞれの障害特性もあるし、答えらしい答えもでない。また、実際の運用も、担当する保育士や主任や園長がどんな考えの人かによっても多少変わる部分もある。全ての子供は平等であるという大前提をどう解釈するかによって、障害がある子供も他の子どもと平等にする、という方針を持つ人も出てきてしまう。平等ひとつとっても、その人の経験や理解によって大きく変わるものだ。名古屋に引っ越して通った保育園は、主任がちょっと偏った考えをお持ちの方だった。ちなみに、この主任がきっと僕らの件でいろいろと問題点が明るみになったからなのか、異動になると、その保育園は雰囲気も含めてとても明るい保育園になった。つっけんどんで、子どもが近寄らなかった若い保育士さんも、子どもに取り囲まれる明るい保育士になった。主任の圧政は、子どもや保護者だけじゃなく、他の保育士の方にも及んでいたのだろう。

 

困ったことがあった。

 

保育園には、加配が必要に思える児童であっても、保護者が加配申請を行わなければ、加配担当を増やすことができない。簡単に言うと、長女以外にも加配が必要な児童がいても、保護者が加配申請をしていないために、他の児童が申請した加配担当によるケアがなされるということになる。このようなことから、クラスによっては加配の手が足りないということになる。1人の加配担当が3人の加配児童を受け持つとして、あるクラスには、加配申請がなされた児童が3人いた場合には、1人の加配担当が割り振られるが、ケアが必要なのに加配申請をしていない児童がもう1人、2人といた場合、そして他のクラスには、加配担当が1人いて、そのクラスには加配児童が1人というときに、ケアが必要な児童が過剰になっているクラスから、児童を移動させるということが起こりうる。

 

長女の場合は、言語認識や癇癪の問題はあるにしても、障害特性に多動や加害などがなく、特徴としては1人でずっとお絵かきなどをしているということもあって、悪い言い方をすれば、放置できる時間も長い。その分、生理現象も自分で訴えることができないので、トイレや水分補給には気を使わなければならないところがある。しかし、他の派手な、という言い方はちょっとアレかもしれないが、多動や加害などの特性のある子よりは、一見、手がかからないように見える。長女を比較的手のかかる子の少ないクラスに移動させて保育していたのだと思う。この辺は、主任や園長もきちんと説明してくれなかったので、僕の推測による。園長は、「集団保育を行うこともありますので」と言い訳をしていたので、「僕が指摘しているのは、集団保育ではなく、1人だけ別のクラスにいたということなんですけれども」というと、黙って下を向いてしまったので、まあ、推測はそんなに外れていないと思う。

 

長女が別のクラスに1人でいることを指摘してからは、長女は本来のクラスにいるようになった。長女に聞いても説明できないので、長女のお友達に聞くと、「一緒のクラスにいたよ、一緒に遊んだよ」と言っていたので、僕の指摘以降は、通常の状態に戻ったんだと思う。確か、1人だけ別のクラスにすることも、虐待保育にあたるというのをどこかで読んだ。

 

長女の場合は、実は、この1人だけ年長さんのクラスにいるのが、そんなに悪くなかったようだった。加配担当の手が足りているというのもあったかもしれないし、年長さんたちに可愛がってもらっていたようで、お絵かきを教えてもらっていたようだった。同じクラスのお友達からは「なんで喋れないの?」と僕も直接何度も聞かれたけれど、年長組で長女を可愛がってくれる子は、とても優しい子で、長女が話せないことも気にせず、あれこれと世話を焼いてくれていた。これはその後の話になるけれど、その子が卒園した後、長女が少し話せるようになってから、ランドセル姿のその子に会った。長女がその子に話すと、とても驚いて喜んでいた。その子以外も、長女は年長組で可愛がられていたようで、ランドセル姿の子供たちからよく名前を呼ばれていた。転園先の保育園に見学に行ったときにも、一つ上のクラスの子も転園していたらしく話しかけられていた。その子も、長女が話しているのを見てびっくりしていた。

 

何がいい影響になるのかは分からない。長女に対して保育園が行った1人だけ別のクラスというのは、虐待保育かもしれないし、加配制度や統合保育の問題点として指摘できることにも思えるが、同じ年のクラスで、話すことができないことを責められるよりは、年上の子たちの中で自由にさせてもらう方が長女には良かったのか分からない。長女は4歳あたりから発語を積極的にするようになっていた。

 

言葉が話せるようになってきて、癇癪も次第に減ってきたけれど、今度は、言葉が話せることによるトラブルも増えてきた。

 

凸凹発達に困る!<4>(自閉症児篇)に続きます。