いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

おもちゃ部屋に困る!<2>(主夫篇)<おもちゃのお片付けは大変だ>

おもちゃ部屋に困る!<1>(主夫篇)の続きになります。

 

育児の困難さは、環境の違いなどによっても大きく変わるけれども、子どもの年齢や人数によっても大きく変わる。いま、僕が大変だなあ、と思っていることでも、乳児のときの大変さに比べれば、大変だと言うのも大袈裟でしかないし、困っていることなど、もう冗談みたいなものでしかない。しかし、乳児のときよりはマシになっているからといって、全く大変じゃないということになるわけでもない。育児には、それぞれに比べられない困ったことがあるものだと、いうことが分かってきたという感じだ。

 

困ったことがあった。

 

いま、育児で、僕が怒ること、口やかましくなってしまうことの大半を占めているのは、「お片付け」に関することだ。乳児の頃にはなかった問題だ。また、この「お片付け」が問題となるのは、長女と次女三女の歳があまり離れていないというか、次女三女は双子だから同じ年というのはさておき、年齢が近い子どもが3人いるということで、同じようなおもちゃで遊び、同じような遊び方をするため、置き場所やら何やらも含めて、誰が何で遊び、誰が何を散らかしたのかということも分からないまま、それぞれが「それは何々ちゃんが出した」といって、片付けの責任を押し付け合ってしまうというのもある。簡単に、言えば、1人の子供ではやれないような乱雑さが三人姉妹によって作り出されてしまう。

 

いまの家に引っ越す前、双子はまだ乳児から幼児へという段階だった。双子専用の部屋があり、そこには赤ちゃんの玩具がおいてあった。また、ベビーゲートで囲っていたということもあって、ゲートの外におもちゃが散らばることはあったとしても、ゲートの中に放り込めばよかった。このときの片付けは楽だった。

 

長女は長女で、シルバニアファミリーやらバービーちゃんやら、リカちゃんやらと、幼児らしいものが好きになった。これらのおもちゃは、細かい部品などもあるため、乳児の前では遊んじゃいけないということになっていた。長女は言葉はあまり通じなかったけれど、なんとなくわかったようで、乳児の双子に隠すように、遊んだあとは自分で片付けていた。長女はお片付けが得意だ。

 

そんな三人姉妹も徐々に成長すると、リビングで一緒に遊ぶようになり、土曜日や日曜日となると、昼前にはリビングはぐちゃぐちゃになっていた。夕食の前には片付けるようにしていたが、もう僕だけで片付けるのがストレスになるようになってきていた。もう、このおもちゃのお片付けから解放されたいと思いながらも、子どもがおもちゃを散らかすのは当然という思いもあった。どうしたらいいのだろう。

 

今の家を建てるときに、屋根裏とか小屋裏とか言われる収納スペースが作れることになった。大人であれば天井が低いけれど、幼児であれば立ち上がっても天井に頭をぶつけることもなく、子ども時代に憧れた秘密基地めいた感じでもあるため、ここを、子どものおもちゃ部屋にしようということになった。この部屋は散らかしていても問題ない。好きにすればいいし、自主管理に任せてみよう、とそのときは鷹揚に構えてみた。そう、僕だって、「叱らない育児」なるものをやろうと思うことはあるのだ。

 

このおもちゃ部屋は、育児をしている人たちが遊びにくると、これはいいと言ってくれる。そういえば、日進市によって、保育園が別園になってしまって、僕の負担が増えすぎて、育児ノイローゼみたいになったときに、児童相談所に相談した。そのとき、相談員の方が、子供にイライラしないためには、子供の部屋を作ってあげると良い、みたいな話をしていた。そして、子供たちの個室だけでなく、おもちゃ部屋を見せた。すると、「そうです、こういう部屋を用意するといいと思うんです」そんなことを言われた。この人たちはわかっているのだろうか、このような部屋を用意し、相談員の方からは理想的だと思える環境を、作っているのに、育児の困難さを訴えているというのは、つまり、僕らの問題というよりも、制度的な問題がそこにあるということを、そう、日進市の施策に問題があるから、育児の困難さを、日進市に引っ越してきてから訴えているということを、理解しているのかどうか。とても論理的な話だと僕は思っているけれども、相手が論理的な人であれば、当たり前のことだから説明する必要もないが、論理的な人でない場合は、論理的な説明をしても論理的に理解してくれないため、僕は僕で、論理的に説明するのをやめた、ということがあった。

 

日進市と児相の批判がしたくて、おもちゃ部屋のことを書いているわけではなかった。

 

おもちゃ部屋に困る!<3>(主夫篇)に続きます。