いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

消失に困る!<下>(自閉症児篇)<消えた想像上のお友達>

引っ越し前には、多くの想像上のお友達が出現していた。しかし、引っ越しの後、長女から想像上のお友達の名前が出てこなくなったことに気がついた。環境の変化に慣れたというよりも、想像上のお友達の設定が間に合わなくなったのかもしれない。何度も引っ越しをしてきた長女は、小さいなりに、引っ越しをするとお友達とお別れするということを理解しているのかもしれない。なんだか申し訳ないし、お友達のことが大好きな長女に申し訳ないことをしていると思ってしまう。僕が困ったというよりも、長女が困っているのだろう。ただ、僕のように気軽に困ったと言えないのだ。

 

困ったことがあった。

 

「お友達遊びに来てくれないね」

 

と長女が言い出した。これは実際のお友達だろうか、それとも想像上のお友達だろうか、僕には区別がつかない。長女の実際のお友達たちにはゴールデンウィークの後あたりに遊びに来てもらうことになっている。まだ我が家は段ボールやら何やらで子連れには危ない場所だからというのもある。ゴールデンウィークには偶然が重なって、毎日のように僕や妻の友人たちがやってくることになった。しかし、長女の前の保育園のお友達や想像上のお友達は遊びには来ない。

 

「最近、ティアラちゃんのこととか話してる?」

 

と妻に聞いてみた。妻もティアラちゃんの行方を知らない。きっと、ティアラちゃんは長女が来年入る小学校にひと足先に入っているから、保育園では会えないということになっているのだと思う。引っ越し前に、長女はティアラちゃんと同じランドセルにするかどうか迷っていた。

 

「なんか、最近は、ベッドに蛇がいるって言ってるよ」

 

ティアラちゃんはいなくなったけれども、今度は、蛇がいるらしい。そして、その蛇は長女を噛むらしい。この蛇のことは僕には教えてくれない。妻にだけ言う想像上の蛇。

 

大きな変化がもうひとつあった。

 

引っ越しやら転園やらで長女に大きな変化が訪れたタイミングをいいことに、長女と次女三女が一緒に眠れるような部屋を作った。長女は二段ベッドに憧れていたというのもあって、二段ベッドと親子ベッドを合体させたような、見方によっては三段ベッドになるようなベッドを買った。子供部屋の一つにそれを設置して、子供だけで眠れるようにしようと思っていた。

 

なぜそんなことをしたかというと、それまで長女は妻と一緒に寝ていた。しかし、長女に妻はたびたび起こされるということもあって、日々、寝不足を訴えていた。長女は寝ながら妻を蹴ったり、ふと目を覚まして抱きついたり、上に乗ったりしてやりたい放題だった。そして長女は長女で、次女三女と一緒に寝たいという希望も出していた。階段のベッドがいいと何度も言っていた。

 

妻の不眠と長女の希望を満たすために、引っ越しのタイミングで子供の寝室を作った。子供の寝室の壁をノックすれば僕らの寝室に聞こえるし、もし落下などがあっても隣の部屋だから音が聞こえる。泣き声も聞こえる。引っ越して、子供寝室と大人寝室に分かれて眠った最初の頃、長女や次女三女が変わるがる壁をノックしたり、泣いたりしていた。その度に、僕や妻が駆けつけると安心したようだった。今では子供寝室が気に入っているらしく、次女三女は率先して、寝かしつけ不要という感じで寝に行く。

 

長女は長女で次女三女のお手本になろうと思っているのか、「ママー」と泣かずに、静かに子供寝室に行くようになった。三週間も過ぎると、もうすっかり慣れたようにも思った。

 

親たちが安心した頃に、子供の問題が出てくることがある。

 

長女の想像上の蛇はまさに、妻と眠れていないことに対する抗議でもあった。蛇が出るから、ママと一緒に寝たいという口実である。

 

これはこれで、想像上のお友達とはまた違うような気もした。何かを求めるには何か正当な理由をつけなければならない、と子供心に思うのだろうか。そして想像上の蛇の存在が僕に知れたと分かった長女はちょっとバツが悪そうにしていた。

 

「蛇を食べてくれる虎か熊の枕を買いに行こうか」

 

長女はペンギンに蛇を食べさせたいようだった。そして、長女が不安になると現れていた想像上のお友達はもういなくなってしまった。ティアラちゃん、ありがとう、さようなら、と言葉ができずに孤独を感じていた長女といつも一緒にいてくれた想像上のお友達に、僕は感謝した。次は、ペンギンか虎か熊だ。そうそう、長女は庭の植栽にも挨拶をしている。植栽も長女にとってはお友達なのかもしれない。

 

その後、子供たちと抱き枕を買いに行った。長女は、その中で最も弱そうなアザラシを買った。アザラシで蛇と戦うことができるのだろうか? 

 

「アザラシさんが蛇食べてくれるかな?」

 

「アザラシさんじゃないよ、サクラちゃんだよ、蛇は食べないよ」

 

ということだった。長女の人形やぬいぐるみは、だいたいサクラちゃんという名前がついている。そういえば、想像上の友達にもサクラちゃんという子がいたことがあった。いつの間にかいなくなってしまったけれども。