いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

育児宣言に困る!(東京篇)<読書を邪魔するものはなんだろう?>

ジョン・レノンになる!」(長女3ヶ月)

 

困ったことがあった。

 

長女が生まれてしばらくすると、とある飲み会に誘われた。以前から僕のことを気にかけてくださる方がいて、その方が僕と飲みたがっているから、飲み会に参加しないか? ということだった。

 

僕は僕で子供が生まれた報告もせずにいたし、わざわざ「子供が生まれました」と報告するのも変な気がしていたから、電話の一本も、葉書の一葉も出さずにしていた。アメリカに行くことは伝えていたかもしれないけれど、詳しい話は全くしていなかった。

 

飲み会の前に数人で会おうと言われて、飲み会の近くの海鮮料理屋みたいなところに行った。

 

「いつアメリカに行くんだっけ?」

 

「来月の末です」

 

そんな話をした。二年間行くとかなんとか話していた。そして子供が生まれた話をしたら、驚かれた。

 

「まさか君が親になるとはなあ」

 

「僕も想像していませんでした」

 

「読書時間が減るだろう?」

 

僕とその方は本好き仲間だった。本好き、書痴と言われる人たちは読書中心にしか物事を見ていないところがある。子供が生まれたと聞いても、読書ができなくなる、ということをまず思い浮かべてしまう。前に、僕より年少なのにすさまじく本を読んでいる人に会った。

 

「編集者とかでもないのに、若いのに僕より本を読んでいる人にあまり会ったことがない」

 

そんなことを言ったことがある。まあ、僕の世界や世間が狭いだけだし、書痴でもない人たちは「世の中広いですよ」とか言うだろうが、書痴同士の会話は違う。

 

「仕事なんかするから読書ができないんですよ。読書するなら仕事はしちゃだめです」

 

さすがだった。彼は金持ちでもなんでもない。読書をするために友人宅を渡りあるいて、常に居候を続けているそうだ。居候のコツは、気配を消して本だけを読むことらしい。食べ物は残り物をもらうそうだ。書痴というやつは恐ろしい生き物だと思う。

 

そんな書痴たちからすれば、子供が生まれるなんてことは想像を絶することになる。読書ができなくなることをなぜわざわざ子供などをもうけるのかと。仕事にしても、執筆にしても、書痴たちはやりたがらない。衣食住ですら、彼らは嫌がっている。

 

「読書はできなくなるんですけど、それはそれでいいかなあと思いまして」

 

「そうか」

 

と寂しそうに書痴先輩は言っていた。ちなみにその方の家は、3部屋が書棚に囲まれ、書庫が別にある。六万冊はありますよね? と聞くと、数えてないけど、もっとあると思う言っていた。

 

飲み会の場は一種のキックオフミーティングみたいなもので、その方を中心にしたプロジェクトをやっていく仲間を集めたものだった。僕もその1人として誘われていたらしい。事情を知らない人たちは僕が当然関わるものだと思っている。

 

「これからアメリカに2年ほど行ってしまうので、僕は関われません」

 

「5年くらいかかる企画だから帰国してからでも関わってよ」と主催者。

 

アメリカでジョン・レノンになってきます」

 

と言うと、場がしらけてしまった。書痴先輩だけが笑っていた。「どういうこと?」

 

アメリカでは育児に専念するので、仕事は一切しません」

 

問題は帰国後だった。帰国後のことは僕にも分からない。だから約束もできない。

 

ジョン・レノンみたいに活動再開して死んじゃったりするなよ」

 

そんなことを言われた。

 

帰国後に電話した。子供がさらに2人増えたことを伝えた。書痴先輩はただただ笑っていた。そして先日、そんな5年のプロジェクトのお知らせがあった。参加できなかったのは寂しいけれども、プロジェクトの内容を見てみると、とてもじゃないけど育児の傍らに関われるものでもなかったので、あらかじめ断っておいてよかったと思った。

 

「あと何年くらい育児に専念するの?」と聞かれた。

 

「上の子が障害児で、下は双子なので、まだ数年はジョンです」

 

「本は読めてる?」

 

「年に50冊程度しか読めないですけど、やっと読めるようにはなってきましたよ」

 

「また本の話でもしよう」

 

そうやって再会の約束をした。

 

仕事は再開している。ただ大きな仕事や現場仕事は引き受けられないだけなんだけど、それは黙っておいた。いつ保育園に呼ばれるか分からないし、子供の幼児も多いので、迷惑がかからないように、こっそりぼちぼちでやっている。