「不倫願望があると思われてしまった」(妻、妊娠中)
困ったことがあった。
僕も妻も結婚指輪をしていない。それは2人とも金属アレルギーだからというのもある。そういうことを人に言うと、「金属アレルギーでもつけられる指輪があるよ」と教えていただくこともある。
金属アレルギーでも大丈夫な指輪を買おうか、と妻と相談した。妻と話していると、問題は金属アレルギーだけではないことが分かってきた。金属アレルギーの経験なのか分からないけど、2人とも指輪だけじゃなく装飾品のような物をつけることが苦手になってしまっていた。
僕は金属アレルギーに気付くのは遅かった。妻に指摘されるまで自分が金属アレルギーであると思っていなかった。ただ、腕時計は腕が痒くなるし、ときには皮膚が変色することもあったということや、メガネも物によっては皮膚なのか頭なのか分からないけれども付けていると気持ち悪くなってくるものもあった。指輪やネックレスの類も多感な時期に見よう見まねでしてみたけど、1日と付けていられなかった。
高校に入学した頃、入学祝いに父から腕時計をもらった。二万円くらいする時計だったと後で聞いた。値段を聞いたのは、その時計をもらって1ヶ月もしないうちに紛失してしまったからだった。せっかくの入学祝いをすぐに失くしてしまったということもあって、申し訳なさから、同じものを買って誤魔化そうと値段を聞いたわけだ。
高校一年生に二万円というはなかなかな大金だったので、誤魔化すのはやめて素直に紛失したことを白状した。通学の電車の中で車両の端の席に座ったときに、腕時計を外して肘掛けとか寝ている人の頭かけみたいなりそうな台に置き忘れた。
「どうして腕時計を外すの?」
「時計を見せびらかしたかったの?」
「誰かにあげちゃったんじゃないの?」
なんだか色々と家族から言われたことを思い出す。原因は、腕が痒くなったからで、腕時計をしている部分が真っ赤になっていたから外してしまったんだけども、そのことを説明しても、腕時計を外す理由にはなるが、そのまま置き忘れる理由にはならない。
「もうお前には腕時計は買わない」
そういう決定が家族でなされた。僕も腕時計には違和感があったのでそれでよかった。当時はもちろんスマホもないし、携帯電話は高価な代物、時計をなくす奴が持てるものでもない、ポケベルが流行ったけれども、それにしたって腕時計を失くすやつが持つ物とは思われなかった。僕は、よくお店を覗いたり、ひどいときは人のうちを覗いたりして時刻を調べていた。
仕事で腕時計が必要になることもあった。安物の腕時計をしてみても、やっぱり皮膚が赤くなったり黒くなったり痒くなる。右手に腕時計をしていたら「それ、逆じゃね?」と言われたりもした。左手だと違和感がすごいので、右手にしていたけれど、利き腕の右手につけても腕時計は苦痛だった。腕時計の裏にガムテームを貼ってみたりしてみたけれど、違和感は変わらない。
そんな話を妻にしていた。妻も同様らしい。金属アレルギーでも平気という腕時計をしても違和感があるということだった。もしかしたら、硬い異物があることに違和感を覚えてしまうのかも慣れない。そんなことを話し合って、僕らは結婚指輪をしないことにした。
妻が妊娠しているとき、僕の仕事もそこそこ忙しかった。渡米も決まっていたということもあり、友人たちと飲んだりすることもあった。行きつけの飲み屋に女性客がいることもある。
「奥さんが妊娠中なのに指輪を外して飲んでるとかありえない!」
怒られた。既婚者が結婚指輪をしていないのは不倫願望がある証拠らしい。僕は結婚していることを隠してもいなかったし、いきつけの飲み屋には妻も連れて行っているし、妻の自慢話ばかりするから、店の人だけでなく常連からも多少ウザがられているくらいなのに、指輪をしていないことで不倫願望があるということにされてしまった。記号的な世界だ。
「金属アレルギーがあるから指輪はできないんですよ」
「不倫男はだいたいそう言うんだよね。金属アレルギーがあっても大丈夫な指輪もあるのにね」
「ほら、時計もしてないでしょ?」
「不倫男の言うことは信じられない」
この方の誤解を解くのは難しいと思った。もしかしたら、既婚者に騙されたのか、不倫されたのかもしれない。僕としてもここで書いたようなことを飲みの席で説明するのも面倒なので、この人の前では不倫男ってことでいいやって思った。店の人たちと常連が笑っていた。いつもノロケる僕をザマアミロと思っているんだろう。みんな楽しそうだった。
免許証みたいに結婚証明証とか作れたらいいのにと思う。指輪は不衛生な感じもするし、何かに引っかかったりしたら危ないような気もするんです。