「シューカバーは苦手なのかな?」(長女1歳8ヶ月)
困ったことがあった。
アメリカだからなのか、ボストンだからなのか、それともうちのアパートだからなのか分からないけれども、年に一回、部屋の設備や状態をチャックする検査があった。
アパート中の四部屋を検査すればいいということだが、なかなか協力してくる人がいないと管理人さんから言われた。ちょっと癖の強い管理人さんだけれど、他のアメリカの友人たちから聞くと、そこそこ動いてくれる管理人さんらしいので、管理人ガチャは当たりなのかもしれない。
そんな当たりの管理人さんから頼まれたということもあったので、「いいよ」と約束の日時を決めた。きっとその時間には遅れるだろうなと思いながら。
案の定、2時間近く遅れてやってきた。もちろん、連絡はない。こちらから電話をしても出ない。いつものことだ。
検査の人はなんだか尊大な感じで、遅れたことに詫びる気配もない。管理人さんもいつものフランクな笑顔もなく、どこか緊張している。時間に遅れた言い訳でもするかと思ったら、遅刻には一切触れてこなかった。
「時間を守ってくれないと困るよ、出かけられないし」
「そのときは鍵を開けるから構わない」
なかなかの太々しさだった。
うちは、土足厳禁だ。英語でShoe Free(シューフリー)とあったときは土足禁止だ。Smoking Free(スモーキングフリー)は喫煙可ではなく、禁煙という意味だ。Freeを日本語的に捉えると戸惑うこともある。
禁止はフリーなんだ。禁酒法ってのもあったから、それもFreeだったらさすがにややこしいと思って調べてみたら、Dryだった。ドライマティーニはどんな気持ちなんだろう? マティーニを空にして、「これが100%のドライマティーニさ」とか言ったのはチャーチルだったか誰だったか。007の名台詞をひねって「マティーニを。ドライじゃなくフリーにして」とすると、禁酒と禁止の分かり易い覚え方になるのかもしれない。わざわざマティーニなんて一回くらいしか飲んだことないお酒で例えなくても、スーパードライもあったなあ、と横道にそれ過ぎてしまった。
土足禁止なのは、小さい子供もいるし、なんだかんだいっても、土足で暮らすという習慣には慣れない。アメリカでも若い世代は土足禁止が多いのか、靴を脱ぐことにも慣れているので、遊びに来てもらったときに土足禁止と言っても快く応じてくれる。
管理人さんはうちの土足禁止がいやだった。以前、うちに来てもらったときに、土足禁止だと言ったら、とても嫌がった。子供が好きな管理人さんに「小さい子供がいるからね」というとしぶしぶ脱いでくれたけど、隙さえあれば土足で上がろうとする。
そんな彼のために、シューカバーとかいうのを買っておいた。ビニール製のカバーで空港なんかにあるらしい。ちなみに、ビニールというのは英語では通じないので、プラスティックって言わないといけない。僕はプラスティックという発音が苦手なので、プラティックと言ってしまうことがある。
管理人さんと検査員にシューカバーを渡した。管理人さんはなんだか得意げに着けていたのだけれども、検査員はとても嫌な顔をしていた。検査員はとても太っていたので、シューカバーをつけるのが大変みたいだった。片足に装着してはふらふらとよろめく。片足で支えるには彼の体重は重すぎるのかもしれない。
不機嫌な態度を隠しもせずに、検査員さんが室内に入ってきた。挨拶もしない。アメリカでは珍しいタイプだ。
いくつかの点検をおえて、検査員が管理人さんと帰って行った。
後日、管理人さんに、検査員はなぜあんなに偉そうなのか、と聞いたところ、「あの検査員はめちゃくちゃ嫌な奴なんだよね」と笑っていた。きっと、アパートの住人が協力しないのは、あの検査員の横柄な態度が嫌だからだろう。
土足禁止を嫌がる人はたまにいる。日本でも土足禁止の車とか面倒だなと思った人もいると思うけれど、きっとそんな感じなのかもしれない。ブーツとか履いているときには着脱が面倒だと思う気持ちも分かる。
「靴脱ぐのが恥ずかしいという人もいるんだよ」
とアメリカの友人が言っていた。靴脱ぐのはズボンを脱ぐみたいな気持ちになるのかな? とか思っていたら、ある日、管理人さんが足の指を怪我したらしく、頼んでもないのに靴を脱いで見せてきた。
恥ずかしさってなんだろう?