いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

宿泊体験に困る!<下>(新築篇)<人はコスパのために生きるにあらず>

「宿泊体験に困る!」<上>(新築篇)の続きです。

 

一条工務店さんに半ば決めていた僕は、宿泊体験で信仰が揺らいでしまって、困っていた。

 

つづき

 

三井さんの街中モデルハウスは、玄関も窓がついたシュークロークも素敵だった。妻は、もうこの家を買いたいとか言い出していた。玄関で決めるのは早計だ。早まるな、と思いながらも、僕も少しそんな気持ちになっていた。でも、お高いんでしょう? と値段が提示されるまでは深夜の通販番組ばりに言い続けたいと思った。

 

子供たちが大騒ぎしている中で、紳士Sさんと打ち合わせをした。お高いかどうかばかり気にしているので、そのまま言ってみた。

 

「このお家はとても素敵で、間取りにしても、うちの要望が叶いそうなんです。ただ、その、お値段はどんな感じでしょうか。その、えーっと、たとえば、Sonomaの場合はどうなんでしょうか?」

 

「建物の価格ですと、坪80万円くらいになります」

 

「Lucasも気になっているんですけど、お値段は変わりますか?」

 

「SonomaにLucasを取り入れることもできますし、その逆もできます。お値段は同じくらいでやらせていただきます」

 

坪80万円は、一条工務店さんのグランスマートよりも高かった。一条さんは仮契約のときの値段が坪72万だったと思う。1坪8万円上がるということは、40坪なら320万円変わる。安い金額ではない。しかし、ここで奥の手があった。

 

「ご紹介いただいているので、お値引きは精一杯させていただきます」

 

品の良い紳士のSさんは、このときいくら値引くとは言ってくれない。言って欲しい、けれども、Sさんの紳士的な振る舞いの影響は思ったよりも大きくて、僕も紳士になってしまった。とはいえ、皮算用は止まらない。きっと、300万は値引きがあるはずだ。いや、300万の値引きまでは持っていこう、これが僕の値段交渉の最終ラインだ、とそのときに決めた。

 

「お値段次第ではありますが、というのも、予算はあるので、予算内におさめないと当然無理というのもありますし、予算内であれば、いいオプションも限界までつけたいと思っていて、お値引きに期待しているという感じなんですけれど、つまり、お値引きしていただいた分は、それだけオプションもつけるといいますか」

 

と紳士になりきれない僕の言葉を笑顔で聞いてくれていた。

 

そんな感じで、そもそも義理というのか、いっちょ見てみるかくらいのつもりで、三井さんの宿泊体験をしたのに、夫婦揃って本気になっていた。

 

それくらい三井さんのお家はすばらしかった。子供たちも気に入ってしまった。とくに長女が大興奮だった。子供の遊び場としての屋根裏がとても気に入ったようだ。長女は階段のある家が欲しいと言っていた。一条さんでももちろん階段はある。

 

紳士のSさんが帰ったあと、僕はキッチンにいた。とても綺麗なキッチンだ。パンフレットで見てみると、キッチンハウスのキッチンだった。キッチンハウスも知らない僕は、なんだろうと思ってパンフを見ていた。+300万円とか書いてある。

 

「このキッチン、300万円らしいよ、無理だよねえ、標準設備で十分じゃないのかな、300万円って、何が変わるのかも分からないし、でも、かっこいいねえ、こんなキッチンいいねえ、憧れるなあ」

 

人格が崩壊しかねない。

 

そんなことをブツブツ言いながら、子供たちにご飯を与えて、お風呂に入れた。興奮している子供たちはなかなか寝ない。三井さんのセンスのいい子供たち用のぬいぐるみを奪いあて喧嘩している。カオスだった。幼児3人いると宿泊体験も苦行だと思った。

 

子供たちを寝かしつけした後に、じっくりと設備を確認した。三井さんのHPを見たり、パンフレットを見ながら、どれが標準なのか、どれがオプションなのかと調べていた。

 

一条さんだと、ほとんど標準ということだったということもあって、三井さんのさりげないオプション仕様を否定的に見ながら検討していた。キッチンに300万円なんてありえないとか、この壁だってオプションだよ、この換気扇もオプションだ。三井ホームで立てたら、オプションがえらいことになる。標準だけにしたら寂しいことになるんじゃないか、とか妻と話していた。僕の心の一条工務店が目覚めていた。

 

「でも素敵だよね」

 

妻は三井さんに心を奪われていた。まずい、まずいですよ、一条の担当のベテランYさん、と僕は思っていた。

 

三井ホームは基本の坪単価だけなら、割引を期待すれば一条さんとそんなに変わらなくなる。だけど三井さんだと、細々とグレードを上げたくなる。一条さんの標準設備は性能も高いけれど、天井を高くするとか、何かするとかすればもちろんオプション料金がかかる。一条さんのグランスマートで建てるにしても、いくつか導入したいオプションもあった。標準に入っている床暖房を外したいと思っていたけれども、床冷房もオプションで入れられるのなら、床暖房があってもいいとも思っていた。一条さんでオプションを入れたら、なんだかんだと三井さんとあまり変わらない値段になるんじゃないか、と思った。

 

子供たちと妻が寝てから、土砂降りの中をコンビニまでビールを買いに行った。

 

そこは高級住宅地ということもあって、立派な家が立ち並んでいた。ビールをぶら下げて帰ってきて、改めて建物を見てみると、三井さんのSonomaも立派だった。帰りたくなる家だった。

 

僕ははじめて家を建てたとき、それは別の人と結婚していたときなんだけど、家を建てる前から関係がギクシャクしていたというのもあったし、コスパ重視で立てたということもあって、味も素っ気もない家に思えていた。帰りたいと思える家じゃなかった。

 

10年以上前に、高気密高断熱を意識して、極力無駄をなくした合理的な家だった。家の中は確かに住みやすいし、夏でもエアコンを各階一台つけるだけで涼しかった。だけど、居心地は悪かった。家の性能というより、夫婦のギクシャクのせいだと思うけど、なんだか、人間関係がギクシャクするときって、合理性と論理性が噛み合わなくなったときだと思う。そしてせっかくの新築の家も、コスパ重視の家すぎて、ワクワクしなかった。だんたんと家に帰るのが嫌になり、帰宅恐怖症とでもいうのか深夜まで外で飲んでいたりした。

 

僕はあのとき、性能、コスパ重視の考えがいやになっていたのだろう。それなのに、また家を建てるとなったら、コスパや性能ばかり考えていた。思えば、妻が家を建てたいと言ったときに、「家は、性能。」と一条さんと同じことを言っていた。「家を建てるなら夢を捨てよ」とまるで、地獄の門に書いてありそうなことを言っていた。

 

ビールを飲みながらそんなことをしみじみ考えていた。新築を建てるなら、注文住宅を建てるなら、やっぱり夢を持っていいと思う。それに三井さんだって性能が悪いわけじゃない。性能もいい。十分だ。地震だって怖くないし、火事の対策もしている。あこがれていい。それに坪単価だってそこまで高いというものじゃない。

 

三井さんのキャッチフレーズは、「あこがれを、かたちに。」だった。