いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

水栓に困る!<4>(新築篇)<我が家の水栓事情>

水栓に困る!<3>(新築篇)の続きになります。

 

我が家が家を建てた三井ホームは「憧れを、かたちに。」というキャッチコピーを掲げていた。このコピーが悪いわけでもないし、ケチをつけたいわけでもない。それに、僕らの、とくに妻の「憧れ」は、「かたち」になったのだから、キャッチコピーに偽りなしだと思っているくらいだ。ちなみに僕が当初検討していた一条工務店は「家は性能。」というもので、これもまた嘘偽りのない方向性なのだろう。一条の営業さんたちは「性能。」の話ばかりで、どちらかというと、施主の「憧れ」を「性能」という合理的精神で完膚なきまでに叩きのめすくらいの勢いすらある。

 

一条さんと言えば思い出すのは、モデルルームの見学に行っているときに、見学に来ていた妊婦さんがキッチンを見ながら「ここに窓があるといいなあ」と言っていた。僕は盗み聞きしながらも「それは一条とは別方向だな」とふと思ったら、すかさずに営業さんが「キッチンの窓は意味がないです。機密性が低くなるだけですし、収納の少なくなりますから、おすすめしません」と言って、「憧れ」を潰していた。さすがだと思った。方向がしっかりしている。友人の一条施主は、そんな一条さんが好きとのことだった。僕も結構好きだ。

 

話がずれてしまったが、三井ホームの「憧れを、かたちに。」にしろ、一条さんの「家は性能。」にしても、最終的な予算とのにらめっこのときには、外すオプションなども出てくるものだ。それぞれの標準設備にすでに「憧れ」があり、「性能」もあるわけだろうが、施主が希望するようなものであっても、予算を超えていたらできない。これが施工前の最後の最後にやってくる。外構であれば、もう少しあとだが、やってくる。我が家の場合もいくつもあったが、諦めた物として、三つ目の水栓というのがある。金額としてはそこまでの値段というわけでもないのだが、少しずつ削ることで予算内におさめるのが最終的な打ち合わせとなる。

 

困ったことがあった。

 

我が家の全面は駐車場、駐輪場スペースになっていて、裏に回ると庭がある。その庭には花壇が二つほどある。もともとは妻が定期的に土いじりをしたいということで作ろうとした花壇だが、長女も名古屋市の療育に通っているときに家庭菜園などを食育の一環として行う療育だったということもあって、花や野菜を育てることに興味を持ったことも、我が家にとって花壇は「必要なもの」にする十分な理由がある。幸い、花壇自体はそんなに費用がかかるというわけでもないから、予算が逼迫していたとしても「いらないもの」に分類されることもなく、無事に、外構で花壇が二つ作られた。そうそう、花壇はタイルなどを貼ると費用が上がるためタイルは貼っていない。装飾に関してはそのうち子供たちが楽しんでやりそうな気がしている。

 

花壇などの家庭菜園の話をもう少し書くと、長女が通う支援級には、支援級専用の庭があって、そこでさまざまな草花を育てている。また、支援級の補佐をしている嘱託の先生がいて、その方が草花にとても詳しい。長女は尊敬する嘱託の先生から草花の名前を教えてもらって、種などをもらい、育て方を聞いてくる。長女の話だけでは育て方や植え方は分からないことも多いけれども、長女がやりたいと思うように花壇に植えている。実のなる花を植えたら、育ちすぎて大変になったこともある。花壇は長女の影響もあるのか、次女三女も気に入っているようで本人たちが植えたいと思った苗を植えているが、不思議なことに我が家で育つのはいつも長女の植えたものばかりだ。毎朝お世話しているのも長女だが、習慣が崩れる夏休みは水やりを忘れがちで枯らしてしまうこともあった。普段は学校に行く前に水をやっているようだ。

 

三つ目の水栓は、庭につける予定だった。

 

もし庭に水栓があれば、長女の水やりもだいぶ楽になっただろう。今は玄関の水栓から如雨露に水を入れて運んで、水やりをしている。まだ小さい長女なので小さめの如雨露にしたが、満杯まで入れると途中でこぼしてしまうようで、八分目までしか水を入れられない。小さい如雨露ということもあり、一度では終わらずに二つの花壇といくつかのプランター、また長女が学校から持ってくる植木鉢にも水をやろうとすると、二、三往復する必要があるらしくちょっとかわいそうになる。そんな長女の姿を見ていると、庭の水栓を「いらないもの」にしたことを思い出す。

 

水栓に困る!<5>(新築篇)に続きます。