トコジラミに困る!<6>(主夫篇)の続きになります。
この長いトコジラミ日記もやっと最後になる。ネットなどによるトコジラミの生息場所の多くを僕は調査し、その度に、トコジラミを発見して駆除していた。トコジラミの習性は、まず暗所を好むということ、そして暗闇の中で寝る人を襲いやすい場所にいるということだ。そう考えれば、和室の場合は畳の間が良さそうだけれど、僕の場合は畳はあまりいなかった。多かったのは襖の裏と鴨居だった。夜になると、トコジラミたちは上の方から特殊空挺部隊よろしく落下して急襲してくるのかもしれない。そして吸い終わると、ゆっくりと襖を登っていくのかもしれない。軍事作戦のようにも思える。
トコジラミがカーテンの上部に住むというのは、合理的なのかどうなのか怪しいとこだ。実際に、カーテン上部にもいるにはいたが、カーテンは開け閉めのときに大きく動いてしまうのだから、トコジラミからすれば巨大地震に襲われる場所に住んでいるということにもなるのかもしれない。そうなると、カーテンの場合は、最も動きが少ない端の方に住んでいるということになる。実際に、端の方や、カーテンレールのこれまた端にいた。長女の好きなすみっコぐらしというやつかもしれない。
そんな定石通りのトコジラミ駆除をしていたけれども、僕は刺されてしまった。噂通りの痒さだ。僕のすね毛が捕らえたトコジラミから、僕の寝床の周囲に多くのトコジラミがいることを確信した。最後のトコジラミ殲滅作戦がはじまった。
困ったことがあった。
その日は、トコジラミ相手に寝たフリをしていた。長女や妻が被害に遭っていないことを考えれば、僕が寝ている窓側から来ていることは間違いない。問題は窓側のどこから来ているのか、ということだ。ちなみに僕が窓側に寝るようになったのはアメリカで窓側から冷気が入って来ることがあり、それ以来、窓側に子供を寝かすわけにはいかないということから、マッチョアピールするために冬場は鼻水を垂らしながらでも窓側に寝ている。マッチョはさておき、問題はトコジラミだ。カーテンもカーテンレールも窓サッシも僕は調べている。となると、畳と床間の奥から出てきているかもしれない。トコジラミ用の殺虫剤を噴霧しているとはいえ、殺虫剤が聞かないスーパートコジラミがいるという話は、当時からネットの情報にあった。もし、畳と床間の間から出て来るようであったら、明日は、畳を全部ひっぺがそう、とか考えながら、僕は畳と床間の間をじっと見ていた。トコジラミに寝たふりがバレないように、そして身動きしない疲れたおっさんが大好きなトコジラミを安心させるように、また、布団から足を出して、どうぞお食べくださいと言わんばかりにして、トコジラミ騙しの罠を仕掛け息を殺して待っていた。
黒いモノが動いていた。それは僕が予想した畳と床間から出てきているのではなかった。子供のオムツやお尻拭きを入れている無印良品で買った編みカゴあたりから僕に向かって動いている。まさか、このカゴが巣になっているのか? 寝室に、不用意に、このようなカゴがあるのは、育児をされている方なら分かると思うけれども、長女がいつオムツ関係で泣いて起きるのか分からないからスタンバイしているというのがある。夜中にオムツから漏れ出ることもある。そのために、乳幼児育児の夜中当番の僕の近くにこの育児カゴは置いてある。その育児カゴの中にトコジラミまでいたとは、想像すらしていなかった。
僕に向かって蠢くトコジラミを摘んで潰した。血は少ししかでなかった。そして妻と長女を起こさないように、編みカゴからオムツやお尻拭きを出した。オムツにトコジラミがついていないかも確認していた。そして、布団を平らにし、トコジラミが編みカゴから落下したらすぐに分かるようにして、編みカゴを持ってリビングの床においた。ちなみに、トコジラミは掴む力強いのか、この程度の移動では落下しない。
電気をつけて編みカゴを見てみると驚いた。丸々と太ったトコジラミが数匹いた。これまででもっとも大量の大人トコジラミの巣だ。このトコジラミを僕が全て育てたと思うと、感慨無量ではあるが、トコジラミにとってのサイコパスである僕は、躊躇いなく潰し続けた。アタリが多かった。深夜でもあったから、本格的な駆除は明日にすることにして、浴槽に持っていって、逃げ場を封じることにした。僕の観察によれば、トコジラミはひっかかりがあるところはそこそこのスピードで動くけれども、ツルツルしたところは苦手なようだ。浴槽を登ることはできないと判断した。
翌日、浴槽を見ると、トコジラミが数匹落ちていた。熱湯を用意していたのでかけた。熱湯が効くとか何かで読んだ気もしたからだ。そしてシャワーで編みカゴを何度も洗い。編みカゴにはよくないとは思いながらも、洗濯機にかけて、乾燥もした。これで完璧な駆除になったかどうかは分からないけれど、その後、トコジラミを見かけることはなかった。
ふと、トコジラミに会いたくなることもある。いまの家は白い壁紙を基調としている。いろんなところ、とくに、トコジラミが棲家にしそうなところは白くなっている。これは、僕がトコジラミを発見したらすぐに駆除できるようにしているということなのだけれども、もしかしたら、トコジラミにいち早く会えるようにしているということかもしれない。トコジラミに関しては、僕はちょっとやべえやつであることは間違いない。たまに体のどこかが痒いときは、トコジラミがいるのではないか? と思うこともある。トコジラミが発見されることはなかった。痒みとともに僕のすね毛でもがいていたトコジラミが思い起こされるだけだった。