いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

出羽守に困る!(ボストン篇)<なんだか嫌なやつになってしまうこと>

「帰国をしたら嫌な感じの人になってしまった」(長女2歳6ヶ月、双子5ヶ月)

 

困ったことがあった。

 

出羽守(でわのかみ)という言葉がある。この言葉は、年配の方から教えてもらった言葉なんだけれども、実際の地域を指すのではなくて、「どこどこ<では>こうだ」みたいな感じで、他の場所をすぐ出してしまう人ことらしい。

 

もちろん、他の場所との比較というのは大事だし、それによって得られるものも多くある。とはいえなんでもかんでもというわけにもいかないだろうし、同じ国や制度の中での比較ならまだ問題の解決になることがあっても、文化も制度も違うような国の話を急に言われても困ることもある。

 

「日本はこうだよね、アメリカではこうなってたよ」そんなことを言いすぎると、「アメリカでは」「ボストンでは」「フランスでは」「デンマークでは」では、では、ということで、<ではのかみ>ということになって、<出羽守>とあだ名される。

 

僕は出羽守たちの話が好きな方だった。仕事柄、海外の文化との接触も多いので、出羽守の意見は大事でもあった。ただ、出羽守も人によるというか、ダメな出羽守というのもいて、困ることもある。そして難しいのが、何が適切で、何がダメであるのかの基準も示し難い。

 

僕が<出羽守>になったのは、主に育児のことだった。「アメリカではこうだったよ」なんてふと話してしまうことがあるし、書いてしまう。

 

アメリカでは、乳児であっても子供に一部屋与えるのが当たり前だったよ。だから、夜泣き対策も計画的にして、定期的に見るけど、日本みたいに同じ寝室で寝て夜泣きでノイローゼになることは少ない気がする。」

 

こんなことを平気で言ってしまうことがあった。もちろん、アメリカと言っても、ボストンのある東海岸と西海岸や南部では文化も違うし、ボストンにだって狭い部屋で暮らしている人もたくさんいる。それに日本にしても、東京などの都市部と広い家が普通になっている地域ではまた違う。出羽守の問題は、こういう自分の環境の違いを、地域の違いだと勘違いしてしまうことだったりもする。

 

とはいえ、人は自分の経験から考えて話してしまう。どんな人もどこかで<出羽守>になる。うちでは、前の職場では、前の保育園では、東京では、名古屋では、などなどたくさんの出羽守になるのが、経験を語るということになるのかもしれない。

 

適切な出羽守になるのは意外と難しい。

 

適切な出羽守とはどういう存在だろう。解決できるだろう問題があったりするときに、そして解決可能な問題があったりするときに、もう一押しの論拠が欲しいというときに、参照項として、他の例を出すというのが、適切な出羽守かもしれない。

 

僕が<出羽守>になったのは、長女の問題をめぐる話し合いのときが多かったかもしれない。障害児や自閉症に関しては、日本の専門家たちもアメリカのやり方を参考にしていることが多い。アメリカは自閉症児に対して手厚いというか、自閉症児が好きなのか? みたいに感じるくらいに大事にしてくれるというのもあって、自閉症児のケアに関して、僕は出羽守になってしまった。

 

日本の制度だと、自閉症は3歳にならないと診断されないと言われていたけれど、アメリカ<では>1歳半で診断される、とか、そんな出羽守。

 

アメリカ帰りをひけらかしたいわけでもなく、なぜ、日本とアメリカでは同じ自閉症児に対する扱いが違うのだろうか、というような感じで、アメリカ出羽守になってしまった。

 

そういえば、帰国したときに、アメリカが好きなIT関係の会社を転々とする知り合いに絡まれた。

 

「どうせ、スタバネームとかで呼ばれて、スタバで仕事したりしてたんだろ?」

 

西海岸が好きそうな感じだと思った。僕はスタバにトイレを借りにいったことがある。スタバを利用したのは3回くらいあるかもしれない。ボストンで1回、フィラデルフィアで2回。旅先だとスタバとかなんとなくシステムを知っている店があるのは助かるものだ。

 

「ボストンではスタバはあまり行きませんよ。ルームシェアとかしている学生が家に居られないので陣取ってる感じでしたから、そのかわり、地元のお店の方が居心地よかったですよ。クローバーカフェという障がい者を積極的に雇っているお店があって、そこが広くて良かったですよ。ボストンではよく見かけるお店です。ハーバードの卒業生が作ったとか言ってたので、ボストンに多いのかもしれません」

 

「なにが、ボストンでは、だよ」

 

そんな感じでからかわれた。

 

うん、書いてみると、なんだかやな奴な気がした。別にひけらかすつもりもなかったし、悪気もないんだけれども、<では>の説明が多すぎたかもしれない。僕の悪い癖だ。