いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

道案内に困る!<下>(ボストン篇)<道案内ひとつでも考えさせられる>

僕は道を聞かれやすい。地図も苦手だし、知らない場所でも道を聞かれてしまう。話しかけやすいタイプなのか、道に詳しい感じなのか、または暇そうに見えるのか、とかあるけれども、人に話しかけられるのは結構好きです。

 

そんな僕の道案内の続きです。

 

困ったことがあった。

 

仕事で海外に行ったときにも道を聞かれることがあった。僕は明らかに旅行者みたいなバッグを持っているのに道を聞かれることもある。そんなときは、旅行者であることを知らせればだいたい笑顔でお別れだ。

 

ボストンで新居が見つかって、住み始めて1週間くらいして、この辺にはどんなものがあるんだろうと散歩をしていた。家の近所。歩いて5分もしない場所。そこで道を聞かれた。大きな黒人男性で、なにやら切羽詰まっていた。

 

「この辺に病院はないか?」

 

この辺に病院があるのは僕も散歩や地図で知っていた。しかし、病院が多すぎた。僕の住んでいるアパートの裏だって病院だし、その近くにも病院がある。ボストンは郊外も含めて病院が多い。それに、どの保険会社なのかも大事になってくる。安易に知っている病院への道を紹介していいのかも分からない。

 

「この建物の裏に病院はあるけど、その病院のことを僕は知らない」

 

良く分からない英語になってしまった。たぶん僕の話した英語は、「ここを越えたところにあるけど、病院か知らない」みたいになっていただろう。

 

黒人男性は良く分からない、というような顔をしていた。どうにかしたいけれども、余計なことを考えてしまってどう伝えればいいのか僕も分からなかった。僕はただニコニコ顔で散歩しているだけの地元民。地元民と言っても1週間前に引越してきたばかりなんだ。

 

「僕は1週間前に引越してきた」

 

相手が求めていないことを言ってしまった。

 

黒人男性はそれなら仕方ないと言って立ち去ろうとしていたけど、それはそれで悪い気がした。「病院」の場所であれば僕は知っているのだ。それがどんな病院か分からないだけで、場所だけなら知っているんだ。

 

立ち去ろうとしている黒人男性に声をかけて、病院の方角を指差した。そして道の角の方を指差して、そこを右に行けば病院があると言っておいた。

 

黒人男性は僕に感謝をして、そっちに歩いて行った。

 

彼が立ち去るのを見届けながら、失敗したかもと思った。その道の角を曲がると、病院の施設のような物があるけど、中庭になっている。その中庭をドカドカと進んでいかないと病院の正面玄関には辿り着けない。

 

彼が不法侵入みたいなものを気にする人だったら中庭には入れないかもしれない。それに、ボストンでも黒人差別みたいな話は聞いたことがある。大学か何かの寮で黒人男性が暴力を振るわれたという話を聞いていた。その人は寮に住んでいる学生だったのにも関わらず、何かの理由で部屋に入れず、寮の階段か何かで寝ていたところ暴力を振るわれたということだった。

 

話がずれるけれども、アメリカの大学の名前の入ったトレーナーとかTシャツというのがある。これを着ている大学生は日本で言うと、ちょっとオタクみたいな感じの子供っぽさが残る白人か、有色人種だ。有色人種がハーバードやMITやボストン大学の名前入りのトレーナーやTシャツを着るのは、その大学に属していることを示すためなんじゃないだろうかと思った。それさえ着ていれば、その大学にいることがおかしくは見えない。そんな切実な理由があるような気もする。

 

黒人男性に道案内をしたあとに、僕は自分の不用意さを後悔していた。僕も有色人種だけれども、黒人ほどには差別されてはいない有色人種だ。通りすがりの人に「出てけ」と一度言われたことがあるけれども、二年住んで一度しか言われたことがない。しかし、黒人の場合は、もっと辛い目に合ったこともあるだろう。

 

道案内をして家に帰ってから、ずっと考えていた。咄嗟には考えられないことだった。あのときは、不慣れな街を案内することや、病院の種類や、保険のことくらいしか考えが及ばなかった。保険のこともよく分かっていなかったから、病院に「ブルークロス」とかそういうのが書いてあると、ブルークロスの保険を扱っている病院だとかそんなことを調べていた頃だったというのもある。

 

考えすぎかもしれないけれど、考えることで未然に防げることがあるのであれば考えた方がいいと僕は思っている。道案内ひとつでもいろいろと考えさせられるものだ。