いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

ナンセンスに困る!<下>(自閉症児篇)<大きな田舎って言われる理由>

ナンセンスに困る!<上>のつづきになります。

名古屋での障害児子育てはとても難しいです。名古屋市といっても広いので、僕が住んでいる名古屋市のある地域がひどいだけかもしれません。名古屋市の中でも寛容性の高いところに住んで、障害児の育児をしている人にはピンとこないことかもしれないけど、僕の話は名古屋市で実際にあった話です。

 

困ったことがあった。

 

話を戻すと、まずは保育園改革をしようと思って、保護者の会の役員になってみた。元気に立候補した。そうすると、障害児の保護者の方と一緒になった。その方はいろんな保育園で入園を断られてこの保育園でやっと受け入れてもらったということだった。その方に、この保育園で揉めたことを全部話した。

 

「受け入れてくれる保育園がなかったので、受け入れてもらえただけでもありがたいと思っていたのですが、そんなことがあったんですね」

 

そういえば、僕らも名古屋に来たときに、障害児というだけで15時までしか預かれないという事実上の受け入れ拒否を告げられたことがあった。

 

話を聞いてみると、名古屋市の保育園では、障害児というだけで、面接すら露骨に嫌がる保育園が多くあるそうだ。障害者差別解消法を持ち出すまでもなく、やっちゃいけないことだ。

 

障害者差別解消法のことを話してみると、この方も全く知らなかった。非定型発達の子どもが通う施設や担当からも障害者差別解消法の話は聞いたこともないということだった。障害者差別解消法や、施設に課せられている合理的配慮などを説明し、今の保育園での加配制度の運用も昨年よりも保護者にわかりやすくなってきた話をしたら、お礼を言われた。

 

名古屋市の障害児の保護者は、保育園で受け入れ拒否をされて電話をかけるのも嫌になっているそうだ。面接の申し込みでもいやな対応をされて電話口で涙が止まらなくなった人の話も聞いた。僕が思ったよりも、ずっと深刻だ。医者のように、「なぜ、ここまでになるほどほっておいたのですか」と、名古屋市民に言いたい気持ちだった。

 

僕は、その方も、また、他の障害児の保護者も、なぜこんなに耐えているのだろうと思っていた。その方から聞くと、家族の中でも障害児を産んだということで孤立した時期があったという。そして疲弊しきって、とにかく頼れるところを探し歩いたということだった。聞いていて僕まで涙ぐんでしまった。

 

困っている人がたくさんいる。そう思った。僕にやれることは精一杯やろうと思った。

 

そして保護者の会で、いろいろと提案した。すると思わぬ反発があった。よく考えてみれば、名古屋市と保育園との話し合いに参加してくれた当事者の方も変な反発を僕にしていた。それに似ている気がした。

 

そこで、他の保育園に比べておかしいルールなどを、現状を考えて変更してもらうことなどを提案することや、ルールや運用について文章化されていないことを公平性や公共性の観点からも文書化すること、困っている保護者の声を聞くためのアンケートの実施や、障害者差別解消法の周知等を提案した。

 

「他と比べるようなナンセンスなことはしません!」

 

これが最初だった。他と比べることがナンセンスなのか、それとも、どことも比べずに押し通すことがナンセンスなのか、僕には判断がつかないことだけれども、ここまで言い切られるとちょっとびっくりする。それと同時に、この人、絶対名古屋人だ、と思った。

 

その後も、「文書化する理由が全く解らない」とかいろいろと説明しても理解してくれなかった。どう説明すればいいのか、僕もお手上げだった。手強すぎる。話し合いができない人相手なのに話し合いの場しか用意されていないことの難しさ。「解らない」「理解できない」とだけ言っていれば、なんでも中止にできるという姿勢。障害者差別解消法に関しては、「なんか怖い」という反応だった。獣が火を怖がるようなものなのかもしれない。この人たちをどうしたらいいのか、僕もわからなくなってしまった。ジャイカの職員になった気がした。マッカーサーになった気がした。

 

そんな人がいる中で、僕に賛成してくれる人もいた。その場では何も言わなくても、後日、お迎えのときに笑顔で話しかけてくれる人も出てきた。それは僕にとって心地の良いことだけど、ある制度を変える力にはならない。発言すべき場所で発言しなければ、何にもならない。

 

「保育園に文句言うな、困っている人が悪い」という意見が寄せられた。

 

こんなことを本気で言う保護者がいることに驚いた。保護者の中には名古屋市の保育士もいる。疑うのは良くないけど、名古屋市の保育園の主任に嘘をつかれた僕は、名古屋市の公務員ならこういう意見を出しかねないと思ってしまった。もう名古屋市でどうこうするのはやめようと決意したのは、「困っている人が悪い」と堂々と言える人がいるからだった。せめて陰でコソコソ言ってて欲しい言葉だった。僕が名古屋での育児が無理だと思ったのはこういうところだ。障害児を名古屋市で育てるのは難しいと思った。このまま障害児育児を名古屋市ですれば、僕はうつ病になるか、暴れてしまうかの二択だ。そんなことはしたくない。ただ僕らが去ればいいと思った。他の障害児の保護者たちには申し訳ないけど、僕は逃げます。

 

嫌なら来るな、という考えの方が名古屋には一定数いるようだった。こりゃ、嫌われる街になる。アピールが下手とか以前に、嫌われようとしている人のやり方だ。名古屋のような大都市で「嫌なら来るな」と思えるのが精神的には大都市とは言えない、偏狭な田舎みたいな根性だと僕には思えた。