いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

新年度に困る!(自閉症児篇)<どんな人が担任になるのだろうかと不安だったこと>

「すごい先生がやってきた」(長女4歳6ヶ月)

 

困ったことがあった。

 

長女の合理的配慮をめぐって、すったもんだというか、紆余曲折を経て、合理的配慮がなされるようになったことはもう書いた。

 

反省点というわけでもないけど、一番最初の面談で主任に嘘をつかれたときに、すぐに役所に問い合わせていれば、数ヶ月もおかしなことにならなかったのかもしれない。保育園のお迎え時間などでも、保護者に対して「帰宅時、自転車で急いで帰ってくれば17時30分にお迎えに来れますよね」と何度も言う主任に対して、腹を立てている保護者もいたらしい。お迎えには雨の日もあるし、急いで帰ってきて事故にでも合ったらどうするんだろう。

 

保育園のお迎えで思うのは、18時のお迎えということになっていても、時間にルーズな方が多いのか、10分、20分遅くなるのはよくあることらしい。東京の保育園では時間には厳しかったから、そういう意味では緩い保育園なのかもしれない。他の保護者からは、「保育園のルールがあっても、嘘ついたりして誤魔化せば好きにやれるよ」と言われたことがある。これはまあ、性格の問題というか倫理的な問題というのもあって、僕は嘘をつきたくないから、保育園のルールの妥当性を話し合いたくなるというだけだ。

 

そもそも、嘘や誤魔化しが常態化しているのがおかしいと思う。

 

そんなことはさておき、新年度になると、問題の主任はいなくなった。彼女からすれば、お互いに嘘と誤魔化しでうまいことやる文化の中に、融通の効かない野暮な僕みたいなのが現れて困っていただろうから、異動はよかったんじゃないかと思う。僕も良かった。

 

困ったのは、長女だけでなく、次女と三女も懐いていたスーパー保育士さんがいなくなってしまったことだった。彼女は異動ではなく、三年だか四年だかの契約だったらしい。ふとした瞬間に助けてくれたのも彼女だし、保育園と対立したときも応援してくれたのは彼女だった。素敵な方だった。

 

それと仕方のないことでもあるけど、長女の担任が別のクラスの担任になってしまった。長女の担任は長女の合理的配慮に対してとてもよくしてくれていた。僕らが要望していないことも、長女を見て必要に思ったのか提案してくれるようになった。とてもいい担任だった。

 

長女の前の担任から新しい担任を紹介されることになった。僕はちょっとガッカリしていた。せっかく長女の障害を理解してくれている担任が別のクラスになってしまうのは残念なことだ。

 

新しい担任の先生と話した。

 

昨年度のこともあったから、最初にちゃんと言っておかねばならないと多少、気負って、昨年度にどんなことがあったか聞いているかとか、それによって保育園に対して不信感があることとか、長女の障害についてとか、障害者解消法について知っているのか、とか話してしまった。

 

「とてもお辛かったでしょうね。至らないこともあると思いますが、精一杯、担任を務めさせていただきます。私が間違った対応をしていたらすぐに言ってください!」

 

と言われた。ちょっと僕が言いすぎてしまったのかもしれないと反省していた。

 

新年度の保育園は雰囲気がまるで違った。数人の保育士さんの加入によって、挨拶が交わされる保育園になった。幼児三人の荷物を持っているとちょっと困ったこともあるけれど、困っている妻や僕を見てすぐに駆けつけてくれるようになった。

 

次女と三女のクラスにいた若い保育士さんも仕事ぶりが変わっていた。昨年度の彼女は誰に対してもタメ口で態度も失礼だったし、こちらの状況も見ずに頭ごなしに言ってくる人だったのに、ガラッと変わっていた。態度も丁寧になって、ぎこちなくはあるけれども、気が利くようになって、挨拶もできるようになっていた。昨年までは彼女の周りに子供はあまり寄り付いていなかったのに、今年度は子供に囲まれて楽しそうに遊んでいた。次女と三女も彼女のことが好きなようで僕が迎えに行っても彼女と遊びたいと言っていた。

 

こんなにも変わるものだろうか。主任がいなくなっただけで変わったように感じた。

 

新しい担任の先生は、素晴らしい人だった。長女の合理的配慮のために用意されたチェックシートも、最低限のチェックだけしてくれればいいのに、園での長女の様子が枠をはみ出して書き込んである。毎日だ。担任の先生がお休みのときは、新しい主任の先生がこれまたびっしり書いてくれる。ここまでしてくれなくてもいいです、と遠慮しながら言うと、当然のことなんで、と言われてしまって恐縮した。

 

「他に昨年困ったことはありましたか?」

 

こんなことまで聞いてくれた。もう内心ビビっていた。凄すぎる、この担任の先生は凄すぎる。

 

「昨年は、イベントの練習がはじまったことを教えていただけなかったので、帰宅時や夜に癇癪を起こしたり、夜驚の原因が分からないことがありました。自閉症あるあるですけど、運動会の練習などの普段と違うことをやる予定ができましたら、教えていただけると助かります。こちらでも、長女に視覚支援などで毎日説明するので」

 

昨年は、こういう自閉症あるあるが通じなかった。

 

担任の先生は自閉症児や知的障害を持っている子供に詳しいのか、視覚支援の必要性などは説明する必要がなかった。ここでプロだなという質問があった。

 

「視覚支援は、イラストがいいですか、写真がいいですか?」

 

この質問は療育などの先生からは聞かれることがあったけれども、この保育園では一度も聞かれなかった。家では、イラストと写真を両方使っている。写真では分かりにくい箇所などは妻が簡単なイラストを描いている。家で毎回作る視覚支援のノートをお見せした。

 

後日、素晴らしすぎる担任の先生が、イラストと写真入りで作成してきてくれた。涙が出そうになった。

 

この方の観察はとても鋭いので、僕らが分からない長女が抱える困難や、それへの対応策も説明してくれた。この時期は、この方のことばかり夫婦で話していた。

 

素晴らしいのは担任の先生だけじゃなかった。新しく来た主任も素晴らしい方だ。相変わらず天然な発言をしてしまう園長に僕が戸惑っていると主任が間に入ってくれて園長に説明してくれたりしている。それ以外にも新しく来た保育士さんも素敵な方が多かった。主任や担任の先生に感化されたのか、以前からいる保育士さんもツンケンしなくなっていた。

 

今は、毎日、感謝しながら通っています。ちょっと困っていても、すぐに誰かが助けてくれる保育園。そんな保育園になっているように思う。