いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

オールデンに困る!(ボストン篇)<Aldenの聖地にいたのに>

「革靴が欲しいけど、お金もなかった」(長女1歳6ヶ月)

 

困った事があった。

 

長女が生まれて渡米して、育児ばかりしていた僕は育児ノイローゼになってしまった。当時は糖尿病治療もしていたということもあって、過度な糖質制限でイライラもしていたし、職場のある妻と違って、どこに所属があるわけでもなく、東京の職場とのやりとりにしても助言役みたいな役割をやるだけだった。とにかく、育児に疲れ果てていた。

 

そんな中、ボストンの街を散歩することが僕の楽しみだった。いろんな店に入って気晴らしをしていた。

 

僕はアウトドア用品が好きだ。アウトドアが嫌いなのにアウトドア用品を見て楽しむ。防寒着もいいのを持っていたり、雨具もこだわりがあった。

 

東京にいたときもアウトドア用品や登山用品の店で服を買う事が多かった。ボストンでもそんな感じでアウトドア関係のお店で服を買っていた。

 

そこで出会ったのが、フィルソンという男臭いブラントの服だった。フィルソンについては前にも書いたけれども、とにかく男臭い。ワックスを塗っている服とかだから男臭いというかオイル臭い。そんなフィルソンの服を買うようになった。

 

ボストンにはフィルソンのお店がある。入口に木彫りのクマがあるお店だ。接客でウィスキーが出てくるような男臭いお店だ。兄ちゃんたちと仲良くなった。

 

フィルソンやアウトドアのお店に通っていると、常連のようなおっさんたちと話したりもする。

 

「フィルソン好きか?」

 

「ラギッドだね」

 

「俺のこのジャケットは20年着ているぜ」

 

とかそんな会話がある。好きな物について話すのは楽しい。

 

「おい、お前はどんな靴を履いているんだ?」

 

その頃は、アウトレットで買ったスニーカーを履いていた。

 

「スニーカーは全部捨てたね。そのかわりこれを履いている」

 

おっさんの足元は年季の入った革靴だった。

 

「オールデンの革靴が一足あれば、スニーカーなんていらない」

 

ボストンはスニーカーを推している。スニーカーシティという広告を見たこともある。ニューバランスなんかもボストンが発祥だし、他にもスニーカーは有名だ。また隣の州でもあるメイン州で作られているエルエルビーンなんかも人気でボストンの凸凹した歩道や雪の日にはビーンブーツを履いている人が多い。しかし、靴好きにとって、ボストンと言えば、オールデンでもある。

 

オールデンは革靴好きな人はもちろんだけれども、そうでない人まで知っているマサチューセッツ州の老舗だ。さまざまな逸話があるオールデンだけれども、タッセルローファーやインディブーツなどは映画好きなら知っている。また、矯正靴を作ったことでも有名だ。そんなオールデンをさらに有名にしているのは、コードバンと言われる馬のお尻かどこかの皮を使った靴。これも有名な皮の業者とオールデンとの心温まるエピソードもあって、農耕馬からとれる貴重な皮とされるコードバンを優先的に回してもらっているオールデンは、なにやら特権的なブランドになっている。

 

おっさんから言われてオールデンを調べてみると、そんな感じの話だった。

 

僕は革靴が苦手だった。革靴というよりも、紐靴が苦手で、スニーカーにしても紐を外さずに履いていたし、できるだけ紐がないものを選んでいた。ローファーであれば紐もないからいいかもしれないけれど、高校生のときに履いていたイメージもあり、カポカポとしてしまった思い出もあって、ローファーのことは考えなかった。

 

20歳くらいのときにはブーツをよく履いていたけれども、紐のないブーツばかり。途中でスニーカーにしてみたら足元が軽くなったので、以後はスニーカーばかりになった。

 

そんな門外漢の僕がオールデンを調べていた。おっさんのオールデンは汚かったけれども、この汚さなさはかっこいい汚さだった。僕もオールデンを買おうと思った。

 

散歩をしていたら、オールデンをオーダーメイドで作れるお店があった。半年くらいかかるみたいだったけれど、帰国するまでには買おうと思っていた。

 

思ったより高かった。既製品でも750ドルくらいした。

 

僕は渡米時にとんだミスをやらかしていた。ネットバンキングの手続きに必要なカードをレンタル倉庫に入れてしまった。そのため、僕の口座からお金が動かせなかった。また、その口座から引かれるクレジットカードも作っていたけれども、昔に作ったものだったから、一度に使える上限などを5万円とかにしたままだった。日本では現金ばかりだったから気にもしなかったというのもある。古本屋でもカードは使えなかったし、僕がいく飲み屋は現金払いだったからだ。

 

そんなこんなで、僕はオールデンが買えなかった。我が家は緊縮財政で、750ドルの靴を買う余裕はなかった。育児は何があるか分からないということもあって、できるだけ動かせるお金はとっておきたかった。それに僕が家計簿をつけている。僕が履いてみたいというだけで、家計から750ドルも捻出するのは気が引けた。

 

帰国したら、僕の預金から買おう、と思った。

 

そして、帰国後、念願のオールデンを買おうとしたら、12万円くらいした。しかも、僕が欲しい奴は入荷待ちで、いつ入荷するか分からないと言われてしまった。諦めた。実際、12万円で在庫があったとしても、750ドルで悩んでいた僕が買うのか、それも分からなかった。帰国してからはボストンで買えばよかったと悔やんでいた。

 

今になってこんなことを書くのは、実は、先日、欲しかったオールデンを手に入れたからだ。正規のお店では入荷待ちだし、他のお店で欲しいと思っていたやつも意を決して買いたいと言ったら、入荷待ちだった。

 

メルカリやヤフオクで新品でサイズが合うやつがでないかなあ、と思って探していた。なかなか見つからなかった。見つかってもすでに売れていたりした。先日は、たまたま見たときに、当時欲しかったものが出ていた。

 

買えた。そして届いた。見ているだけで幸せだ。艶やかでそれでいて少しゴツい。足を入れると空気がシュッと抜ける音がする。脱ぐときにもシュッといい音がする。まだ試着しかしていないけれども、見ているだけで、ボストンのおっさんやアメリカを思い出す。

 

物というのは物以上の存在になることがある。物以上の存在にするのは、その物に対して、僕が費やした時間が必要以上に多かったりするからかもしれない。これまでは欲しくて憧れていた時間だったけれど、今度は、履いて、磨いて、楽しむ時間を過ごしたい。そしてもう一足欲しくなってしまう時間が生まれるんだろうけど。