いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

抜け殻に困る!(主夫篇)<また蝉の話です>

「蝉の抜け殻をどう説明しよう」

 

困ったことがあった。

 

ブログでは何度も書いているけれど、僕は蝉が苦手だ。もちろん、小学生男子の頃は大好きだった。蝉を見かけては人差し指と親指で挟んで捕まえて、ジジジーと鳴く蝉の振動を心地良く感じたものだった。

 

苦手になったのは中学生になったある日のこと、夏服の白シャツの脇あたりに違和感があった。シャツの生地が少し膨らんだりしていたのかと見もせずに、腕か肘あたりで膨らみを抑えようとすると、生地の感触ではなかった。

 

ジジジー

 

蝉が止まっていた。僕はぎゃーとか言ってしまったかもしれない。それ以来、蝉が苦手だ。

 

小学生の頃にはあれほど捕まえていた蝉。夏休みの自由研究は宿題と共に小学校3年を最後に提出しなくなったけれども、最後に提出した自由研究は、昆虫採集だった。昆虫採集セットなどを買ってもらえるはずもなく、半ば自暴自棄、半ば面白半分でアブラゼミだけの昆虫採集をした。20匹くらいのアブラゼミをボール紙の箱に並べて、誰かにもらった余り物の黄色いセロファンで蓋を作った。

 

今考えてみれば、同じ種類のセミだけを並べることは、コレクター的な昆虫採集ではなく、同じセミであっても個体差を見出そうとした学究的な志向があるようにも思えるかもしれない。単に綺麗な蝶々を捕まえても、綺麗に飾ることもできないから、蝉をまち針で刺すことしかできなかっただけなんだけれども。

 

夏休みが明けて学校に持って行くと、担任だかなんだかの先生から、昆虫採集キットを使ったかどうか聞かれた。使っていないと答えると、蝉の内臓が腐ってしまうから、ちゃんと処理をしないとダメだと言われた。クラスの子の昆虫採集は昆虫採集キットを使ったということだった。それはそれは見事で綺麗な昆虫採集だった。大人の金と技術が介入しているのは誰の目にも明らかだった。昭和の小学校はそんなことは気にしなかった。

 

アブラゼミだけの昆虫採集は予測を裏切らず、臭くなった。セロファンのおかげで匂いが封じ込められていたけれども、臭いは徐々に漏れ出ていた。最初から教師に持ち帰るように言われていたのに、僕は頑なに拒否してしまった手前、みんな自由研究を持ち帰るまでそのままにした。記憶は曖昧だけれども、強制的に捨てることになったと思う。

 

セミにはロクな思い出もなかった。

 

つい先日、夜中にコンビニに行った帰り、UR団地の僕が住んでいる建物の入り口に、セミらしきものが止まっていた。通りすがりにジジジーっとやられるのはやだなあと思ったけれど、入り口を避けるわけにも行かないので、セミを横目に通り過ぎた。違和感があった。

 

蝉が重なっているような気がした。

 

少し戻って見てみた。

 

蝉が羽化しているところだった。真っ黒な目。なんだか真剣な感じだ。どこを見ているのか分からない目なのに、僕は見られている気がした。怖いような惹きつけられるような瞬間だった。

 

写真を撮ろうかと思った。でも、なんだかそういうことをしちゃいけないような気がした。なんでだろう。人の着替えを見てしまったような、トイレのドアを開けたら誰かが用を足していたような、そんな見ちゃいけないものを見てしまったような気がした。

 

お昼くらいに外に出る時には気にしてせずに通り過ぎてしまった。打ち合わせを済ませて帰ってきたときは見るのを忘れて通り過ぎてしまっていた。

 

保育園に子供たちを迎えに行って、公園でしばらく遊ばせて、帰宅するときに長女がぐずりはじめた。長女の友達が突然機嫌が悪くなってしまって、泣いて暴れてしまって、長女もつられて泣いてしまった。彼女の機嫌で長女は動揺することが多い。

 

「おうちのしたに蝉さんがいるよ」

 

「せみやだー」

 

「蝉の抜け殻だよ、去年も前に見たでしょ」

 

「せみさんやだー」

 

ダンゴムシや蟻、蝶々などは好きな長女でも、自分に向かってくるかもしれない虫は怖い。一方的に触れる虫が好きらしい。蝉はどう飛んでくるのか分からないから怖いのだろう。しかし相手は抜け殻だ。さてどう説明したらいいのだろうか。あとで何度も聞かれるかもしれないから適切な例えにしなければならない。

 

「蝉さんのおうちだよ」

 

「おうちにせみさんいる?」

 

この例えはどうやらうまく行かなそうだ。方向転換した。

 

「蝉さんのお洋服だよ。蝉さん、お洋服を脱ぎ脱ぎして飛んでいったよ」

 

お着替えが大好きな長女は興味を示し始めた。例えはうまくいった。

 

「せみさん、はだかんぼう?」

 

蝉は裸なのだろうか。説明に困るというか、ちょっと疲れていたのか、あいつら裸だよなあ、とか思っていた。だから昨晩、羽化を見てしまったときにちょっと気まずい思いがしたのかもしれない。

 

「新しいお洋服にお着替えしてどっかいっちゃった。抜け殻はお洋服だよ、セミさんいないよ」

 

長女に抜け殻を触らせようとして説明していたけれども、触るのは怖いらしかった。僕も実はあまり触りたくないけれども、仕方なく、親指と人差し指で摘んで長女に近づけると、長女が避けた。花壇のヘリに抜け殻を置くと、それまで興味深そうに見ていた次女が摘んだ。長女もそれを見て安心したのか、三姉妹が順番で抜け殻を摘んだ。長女が次女の頭に乗せようとしたので、その場は少し混乱状態になった。

 

「お洋服を脱ぎ脱ぎしたら片付けをしないとセミさんになっちゃうよ」

 

と訳のわからぬ教育的な説明を付け足してみたけれども、誰も聞いていなかった。