いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

臍の緒に困る!(ボストン篇)<アメリカのバースプラン>

「臍の緒は食べません」(長女2歳1ヶ月、双子1日目)

 

困ったことがあった。

 

アメリカでの出産、しかも双子、となるとさぞ大変だったろうと思われてしまうことがある。大変は大変だったし、双子ということもあって、妻のお腹は単胎よりも1人多いから大きいのだけれども、大きいはずのお腹なのにアメリカでは小さいと思われていた。アメリカはお腹に迫力のある人が多いこともあって妻のお腹は他の妊婦さんより目立たないだけだったかもしれない。

 

そういえば、たまに同じ妊婦さんでも、見た目でのお腹の大きさが全く違って見えることがある。体型はもちろん関係すると思うけど、前に大きく膨らむ人と全体的に膨らむ人がいるような気がする。妻はどちらかというと全体的に大きく膨らむタイプだった。前に膨らんでいる妊婦さんを見ると、ついつい妻と比べて見てしまうことがあった。妊婦だからという前に、あまり人のお腹を見ちゃいけないとは思うけど、ふいに見てしまって、ジロリと見返されて頭を下げたこともある。

 

アメリカ出産、そして双子。だけど、妻は1人目のときよりも不安がないらしく、長女の抱っこ要求に困っているくらいで、僕から見ても、体の重さ以外は比較的楽そうにしていた。二度目の妊娠となると頼もしい。一度目はどんなに安定していても不安なものだし、僕も何をしたらいいのかと無駄にワタワタとしていたかもしれない。

 

一度目の出産のときにもそうだったけど、僕らはあまりバースプランというものがなかった。立ち会い出産以外のバースプランは特になく、母子共にもっとも無理のない感じであればそれでいいという方針だった。

 

はじめての出産といえども、日本であれば、なんとなく出産はこんな感じだろう。生まれたらこんな感じだろうと思っていたこともあるし、出産に関する本や漫画を読んだりもしていた。だいたいそんな感じだった。

 

アメリカの場合だと少し違っている。アメリカだと、無痛分娩は当たり前らしい。帝王切開に関しては、状況次第な感じだと思うけど、日本のように自然分娩に対する信仰みたいなものはない。母子共に負担が少ないものにするという合理的な考え方があって、近代的、科学的な考え方が徹底されているということなのかもしれない。

 

双子の出産で利用したところは、経膣分娩を強く推していたらしいけど、妻と病院の英語でのやりとりに僕はついていけなかったから、詳しくは知らない。

 

「自然分娩だった?」

 

日本だとそんなことを聞かれるらしい。自然分娩だからなんだというのだろう。状況によって自然分娩だったり無痛分娩だったり帝王切開だったりするだろうし、自然分娩かどうかを聞いていったい何がしたいのだろう? と思ってしまう。日本人は丁寧で奥ゆかしいとも言われる反面、やたらとプライベートなことを聞いてくる人もいる。子供の頃に、僕の成績をいつも聞いてきた同級生のおばあさんみたいな人がそこら辺にいる。

 

双子の出産は帝王切開だった。一卵性か二卵性か、双子だと聞かれるけど、これもよく分からないことでもある。双子の妊娠には三つのタイプがあって、胎盤と羊膜が別になっているタイプと、胎盤が共通で羊膜が別のタイプ、それと胎盤と羊膜が同一になっているタイプだ。一卵性か二卵性かというよりも、リスクの違いの方に注目してケアすることの方が大事だろう。

 

うちは胎盤が一緒で羊膜が別のタイプで、一卵性だと言われることが多いタイプだけど、リスクは体盤が共通するため発育のバランスが偏る可能性があるというものだった。そのため健診などでは発育が少し遅れている方を気にしていた。羊膜も一緒の場合はまた別のリスクがある。

 

アメリカでもバースプランのようなものは聞かれた。何を要望したのか忘れてしまったけれども、日本なら言わなくてよかったことを一つだけお願いした。

 

「臍の緒を取っておいてください」

 

意味が伝わらなかったみたいなので、妻が説明した。

 

「食べるの? 臍の緒を食べるのはおすすめできない」

 

「食べないです」

 

「そうなの? じゃあどうするの?」

 

「日本の文化では臍の緒を乾燥してとっておいて、子供にあげるんです」

 

他の人が会話に加わってきた。

 

「聞いたことがある。臍の緒にある情報が先天的な病気を調べたりするときに有効になるからなんでしょ?」

 

まさかの科学だった。

 

僕らにしてもなぜ臍の緒が必要なのかは説明できない。ただ習わしのように臍の緒をとっておくものだと思い込んでいたからだ。合理的な説明はできないし、臍の緒から情報を得るなんて考えたこともなかった。

 

「いや、ただとっておくだけなんです」

 

「わかった。あと、胎盤もとっておく?」

 

胎盤はいらないです」

 

と妻は答えたが、僕は胎盤もとっておきたい気がした。妊娠や出産の本を読んでいると、胎盤は男性の精液からできるみたいなことが書いてあった。つまり、胎盤は僕の担当のような気もした。それに、長女の出産のとき胎盤を見ながら、すこし食べてみたいと思った。

 

胎盤はとっておけるんですか?」

 

「衛生面の関係もあるから難しいかもしれない。食べるの?」

 

なんでもかんでも食べるかどうかで判断されてしまって面白かった。まあ、胎盤に関しては食べてみたいと思ったのだから強くは否定せずに笑っておいた。

 

胎盤はいらないから、臍の緒だけお願いします」

 

妻がしっかりとバースプランを伝えた。

 

そして、出産当日、いろいろとあったけれども双子は無事産まれた。胎盤も見せてくれた。臍の緒をどのくらい切るか聞かれて、よく分からなかったので人差し指と親指で長さを示した。

 

渡された臍の緒は長かった。10cm以上ある気がする。両端を密封用のプラスチックの器具で挟んで渡された。容器がなかったらしく、薬入れの容器をもらった。あと、ガーゼも何枚かもらって、血を拭き取って容器にしまった。数日は乾燥のために妻の病室の邪魔にならないところで乾かすことにした。看護師さんはそれを見るたびに笑っていた。

 

臍の緒を入れる箱は日本に帰ってから買うことにしていた。アメリカではいい箱が見つからなかった。そのため薬を入れる半透明のオレンジ色の容器に入っている。密封できるので帰国するときにも安心だと思った。

 

自宅に戻ってからの1ヶ月くらいは乾燥のため容器から出したりして乾かしていた。どんどん乾涸びていって、干物になってきた。乾けば乾くほど、酒のつまみに見えてきた。「食べるの?」と言われたことを思い出して、ニヤニヤして臍の緒を見ていた。