いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

サッポロ一番に困る!(主夫篇)<袋麺に何入れる? 僕はストレート派だった>

困ったことがあった。

 

僕は料理をする。子供の頃から料理をしていた。いや、料理というよりも、ただ卵を焼いてみたり、炒飯を作ってみたり、肉のない焼きそばだったり、具のないサッポロ一番

 

他に書きたいことがあった。本当は包丁のことを書こうと思って、久しぶりにブログを書き出したんだった。ブログは毎日更新されているけれども、実際には数ヶ月前に書いた文章を1週間ごとにまとめて予約投稿しているので、1ヶ月近くご無沙汰している。

 

それなのに、書こうと思ったことが書けない。サッポロ一番と書いてしまったから、誰しもサッポロ一番と書いてしまったら、さっぽろ一番に関する思い出を書きたくなってしまうのでないだろうか? サッポロ一番という言葉はそういう力があるような気がする。

 

サッポロ一番、袋麺と言われるもので、インスタントラーメンの代名詞。子供の頃はチャルメラの方が高級だと思い込んでいたけど、実際の値段の比較はしたこともない。チャルメラが高級だと思ったのは、子供の絵が書いてあるから、それをキャラクターものの一つだと思ったからかもしれない。ディズニーとか、ドラえもんとかの、そんな仲間の1人としてチャルメラの子供がいるのだと思っていた。

 

いま、チャルメラって子供のキャラクターだったっけ? と思って、ブログを書くときにはググらないようにしている謎の制約を破ってググってみると、僕が思っていた子供は、出前一丁の方だった。チャルメラはおじさんだ。中空にラッパを吹いているおじさんだ。

 

ラッパの音をトテチテタと表現するのはなんで? と妻に聞かれた。「おもちゃのチャチャチャ」でトテチテタと歌われる。古い漫画なんかを読んでいても、ラッパはトテチテタだ。ラッパの音はトテチテタと書かれるのが決まり事なのだとばかり思っていた。だから僕は、おもちゃのチャチャチャを聞いても、「なんで?」とも思わなくなっていた。子供時代には「なんで?」と思うほど気にもしていなかったのだろう。

 

チャルメラは、ちゃららーらら、ちゃらららららー、と口で言っても「ら」ばかりでよく分からない。昔、仕事で一緒になった音楽家から言われたことがある。「ら」とか同じ音を使って音程を表現しないで、別の五十音を使ってみた方がいい、ということだった。

 

もしかしたら、あのチャルメラのちゃららー、ってやつは、トテチーテト、トテチテトテー、とかなのかもしれない。そうじゃないかもしれない。

 

ややサッポロ一番からも離れてしまった。サッポロ一番チャルメラ出前一丁のCMがどれがどれだか分からないくらい、ザッピングという古い言葉を思い出してしまったけれども、チャンネルとガチャガチャやってテレビ画面が切り替わるようにミックスして、頭に流れる。季節のお野菜いかがです、というのがサッポロ一番だったと思う。

 

我が家はサッポロ一番を買っていた。たまにはチャルメラ出前一丁もあったと思う。これはきっとスーパーで特売になっていたとかそんなことなのだろう。

 

僕はサッポロ一番の醤油味を食べていた。子供の頃の数年間は醤油味だった。具は何もない。袋麺に季節のお野菜を入れるなんてCM上の演出だと思っていた。焼きそばならキャベツくらいは入れたけれど、袋麺には何も入れない、何も足さない。それだって飽きない味だった。

 

父親は、塩味しか食べなかった。塩味の少し緑がかった色が子供の僕には少し毒々しいモノに感じられた。子供は茶色いものが好きだ。

 

小学校6年の頃だったと思うけど、ふとした好奇心で塩味を食べてみた。とてもおいしかった。父が塩味、僕と母が醤油、弟が味噌、この図式が崩れた。僕と母は味覚が似ていたのか、父が作る料理が苦手だった。弟だけが食べていた。父の料理はしょっぱすぎた。フキとニシンを煮たやつはとてもしょっぱかった。父が亡くなったあと、あのしょっぱさを懐かしく思い出したこともある。

 

そんな僕が、父親と同じ塩味を食べるようになった。母を裏切ったような気もしたけれども、サッポロ一番の塩味は、その後10年以上食べていた。塩味しか食べたくないと思うようになっていた。

 

あるとき、味噌味を食べてみた。サッポロ一番が食べたくなって買いに行ったら、醤油と味噌しか売っていなかったからだった。そんなことも人生にはある。

 

弟の味噌味。そんなことを思いながら食べた。その後、僕は味噌派に転じた。味噌味にしてからは弟がやっていたように生卵を落として一緒に煮るようになった。味噌味だと卵が欲しくなる。弟はいつでも僕の先を行っていたが、サッポロ一番に関しては20年くらい先を行っていた。

 

僕は料理をする。いまは袋麺やインスタント麺を料理することはなくなった。妻は乾麺が好きなのでいろいろと食べているが、袋麺を食べているのは見たことがない。妻のためにいろいろな乾麺を揃えているけれど、糖尿病の僕が乾麺を食べることは年に一度あるかないかだ。

 

子供が残したソーメンをゴミ箱に捨てる前に食べたらおいしかった。久しぶりの素麺だ。千切れて喉越しもないようなソーメンなのに、おいしかった。でも自分のために茹でるつもりはない。

 

サッポロ一番が食べたくなることがある。母の醤油か、父の塩か、弟の味噌か、僕は結局何が好きなのかよく分からない。いま食べたいのは何味なのかよく分からない。幸いうちには3人の子供がいる。彼女たちがもう少し大きくなって袋麺が食べたいと言ったら、サッポロ一番の味を三種類買ってこよう。そして、残り物を捨てる前に食べてみよう。僕はラーメンが伸びていても気にしないタイプだ。カップヌードルは汁がなくなるくらい放置してから食べていたので、友人たちからは気持ち悪がられていた。猫舌だからと言っていたけど、本当は、あの伸び切った麺が好きだっただけなのかもしれない。

 

子供たちにサッポロ一番をつくるときには、季節のお野菜をたくさん入れよう。料理らしくなるだろう。醤油にはほうれん草がいいだろう、塩には野沢菜とかも入れよう、味噌にはやはりコーンと卵がいい、どれにももやしが必要だろう。季節のお野菜のことはよく分からないから、スーパーでサッポロ一番を買ったときに売っている野菜を入れてみよう。きのことかも入れたら喜ぶかもしれないし、焼豚は自分で作ってみたい。

 

こんなことを書いていたら、食べたくなってしまった。