いつも困っている

家事と育児(三人姉妹で二人は双子)に対峙する男の日々

点数に困る!(東京篇)<医者が苦手だ>

点数に困る!(東京篇)

 

「病院の不思議」(長女3ヶ月)

 

困ったことがあった。

 

僕は昔から病院という場所が苦手だった。学校も苦手だった。苦手な場所には共通点があって、どちらもそこにいる人が苦手というのがある。つまり、医者と先生が苦手だったということだ。

 

医者や先生は世間から信頼される立派な大人というようにされている気がする。実際には、医者も先生も1人の人間なのだから、立派な人もいればそうでない人もいるだろうし、立派な人でも機嫌が悪いときもあるだろう。こちらも大人になってくれば、そんなふうに思うし、医者でも先生でもアタリとハズレがあることくらいは経験で分かるものだ。

 

しかし、子供はそうはいかない。世間から立派だと言われている大人が、立派ではない行動を取ると、その職業そのものを嫌ってしまうこともある。僕の場合は、それが医者と先生だった。

 

僕が育った場所は、比較的貧しい地域で、低所得者層が多く住んでいた。僕の家はその中でもさらに貧しい部類で、当時の貧乏エピソードを笑いながら話すと、「笑えないよ」と同情されてしまうこともある。おやつを持参することになったときに、ティッシュに角砂糖を包んでポケットに入れて行った話は笑ってもらえない。もちろん、ポケットの中で崩れていた。

 

とはいえ、基本的には貧乏人が多い地域ということもあって、その地域ではみんな貧乏だから、貧乏が嫌だと思うようになったのは中学校とか高校に通うようになってからだった。小学生のときは、みんなで鼻水垂らして汚れた服で遊んでいたから劣等感もなかった。逆に同じ小学校に通うそこそこ裕福な家の子たちのことを「やーい、金持ち」と囃し立てたこともあったかもしれない。

 

そんな貧しい地域に小学校や病院もある。そしてそこの医者や先生の一部には、貧しい地域を馬鹿にするような大人もいたというだけだ。今でも、団地の子と遊んじゃいけません、みたいに言っている親もいるらしい。僕は遊んじゃいけない子リストの上位に名を連ねることがよくあった。「お母さんから遊んじゃいけないって言われているから」と遊びを断られた。

 

子供のことは仕方ない。差別や何かについて子供が発言するのは、親の影響だから仕方ない。また、親にしても公的な立場で発言しているわけでもないのだから、多少の差別は好き嫌いと同じようなものとして吊し上げることでもないだろう。

 

問題だと今でも思うのは、教師や医者が差別的な場合だと思う。詳しく書くと長くなってきりがないけれども、尊大に振る舞ったり、論理矛盾している理不尽な要求を振りかざしてきたり、自分たちの間違えを認めずに怒鳴り散らす医者や教師には、子供ながらおかしなものを感じていた。そしてそれが団地に住む子供たちに向けてされることが多いことがより一層、へんなものに見えてしまった。

 

「あんたは、先生や医者や弁護士になっちゃだめよ」

 

母が言っていた。理由を聞くと、その人たちは弱い者しか相手にしない仕事だから、ということだった。母の偏見はいまにはじまったことじゃないが、団地に育っていると、そんな教師や医者を見ていたので、この偏見はそんなに違和感はなかった。

 

18歳で家を出て、いい教師にも会ったし、いい医者にも会った。だんだんと教師や医者の友人もできた。病院に行くことはあまりなかったが、子供のときに出会った医者のように尊大に高圧的に接してくる人には会わなかった。どちらかというと、医者は親切でいい人が多いように思うようになっていった。

 

「あそこの医者、すごいいい人だったよ!」

 

とインフルエンザか風邪だかで病院に行ったときにかかった親切な医者のことを妻に話した。妻もそこに行ってみると、「普通だったけど」ということだった。

 

妻は生まれたときから体が弱く、病院にはよく行っていたし、入院も何度もしている。そのため、健康に暮らせる毎日があるのは、病院と医者のおかげだと思っている。僕はその逆だった。嫌な思いをするのが病院だった。

 

妻と話して病院も地域によって違うということかもしれないと思った。僕の育った地域の医者は尊大な人が多い。それは貧しい地域というのもあるかもしれないし、都心のように病院や医師の競争率も高くないため、尊大でも病院経営ができるというのもあるかもしれない。ちなみに、その後、妻と僕の地元に暮らしたときに、むかつく医者が多いと妻も思ったらしい。

 

子供が生まれると、病院に行くことが増える。予防接種はもちろんだし、何かあれば見てもらう。

 

長女の胸の辺りに出来物のようなものがあった。湿疹や汗疹の類かもしれないとは思ったが、役所から推薦されていた小児クリニックで診てもらった。感じいい医者ではあったが、どこか冷たさも感じるタイプだった。疲れているのかもとか思った。長女の皮膚のことについて聞いてみた。

 

「私は皮膚の専門ではないので、皮膚科に行くことをお勧めします」

 

ということだった。診断といってもどこも診ていなかった。問診といえば問診かもしれない。

 

そして皮膚科のところに行った。とても綺麗な病院で、診察室に入ると、皮膚関係の資料がたくさん並んでいた。質素な身なりをした医師が興味深そうに診察してくれて、詳細な説明もしてくれた。話していると、この医師は皮膚が大好きなのが伝わってくる、という感じだった。僕も自分で調べたことを話し、また、僕が気になっている皮膚病との違いを教えてもらった。

 

「もしかして、同業ですか?」

 

僕はさまざまな仕事をしていたということもあって、何をしてもなぜか同業者のように振る舞ってしまう悪い癖があるようだ。妻の出産のときにも産婦人科の医師と間違えられたし、ここでも医師に間違えられた。詐欺師になるなら、医師のふりをしてもいいかもしれない。

 

小児クリニックに行ったときに、皮膚のことを聞かれた。皮膚科で診察を受けて、いまではすっかり治っていると話した。患部は見なかった。

 

予防接種を終えて、診察の明細書を見てみた。皮膚の診察量に点数がついていた。前のも確認してみると点数がついていた。診察というか、問診で点数がつくのだとしても、患部も見ないし、「皮膚科いってください」「皮膚科行きました」というだけで、点数がついていることに違和感があった。僕にとっては、これは医師の不正行為にも思えてしまう。他の仕事だったら、これはお金を請求するものじゃないと思うからだ。

 

乳幼児だから僕がお金を払っているわけではない。無料だから。自分が払っていないけれども、税金から払っている。そんなことを考えると、もし、あの程度の問診で点数が発生するというのであれば、それなりの説明も必要な気もする。今のやり方では不正と正当の区別もつかないだろう。