「対面殺しと言われた水切りラック」
困ったことがあった。
自炊がメインになると、当然、食器や調理器具の洗い物が増える。洗ったあとにいちいち乾いた布で拭き取ってすぐに食器棚なり、調理器具の棚にしまう人もいるだろうけれども、僕は、水切りラックを使う。食洗機がある場合は、食洗機で乾燥までやってしまうから水切りラックはいらないという人もいるかもしれないが、やっぱり水切りラックは必要不可欠だと思っている。
水切りラックがあるかないかで、僕の台所の処理は変わってくる。
妻と結婚した頃、台所がとても狭いキッチンだったので、水切りラックはとても小さいものだった。とはいえ、その頃は、全てが自炊というわけでもなかったし、長女はミルクだけだったということもあり、哺乳瓶用の水切りラックも併用して駆使すればどうにかなった。
アメリカに行くと、そこそこ大きめの水切りラックが置けるキッチンだったので、余裕もあった。双子が生まれたときにも、哺乳瓶用の水切りラックが常に満杯になる状態だったけれども、どうにかなった。
日本に戻ってきたとき、水切りラックを置く場所がなかった。狭いキッチンだったというよりも、ホームベーカリーを導入してしまったため、水切りラックを置く場所がなくなってしまった。小さい水切りラックを置くことはできたが、そうすると哺乳瓶の水切りラックが置けない。
なんだかんだと五人家族にとって、水切りラックは頭を悩ませる問題だ。
その家では対面式キッチンと言われるものだった。その方がキッチンの入り口が狭いため、ベビーゲートなりなんなりで、2歳児の侵入も防げるし、ハイハイで動き回るであろう双子をキッチンにいれないために選んだ間取りだった。
そのおかげもあって、2歳児と0歳児は僕の許可なくキッチンに入ることはなかった。キッチンは完全に僕の支配下に置かれていた。
問題は水切りだ。子供たちのコップやストロー付きの小さい水筒や、小さな吸盤付きのお皿などは、水切りラックを必要以上に占領する。また、僕のように一日中同じマグカップを使用する野蛮な習性のない妻は一日に何回もコップを変えるし、箸などを落としても洗うタイプだ。
普通の水切りラックでは対処ができない。無理すれば小さい水切りラックが使えるというキッチンの状況は僕を追い詰めた。
対面になっている空間を塞ぐように、シンクから上の棚まで突っ張り棒で支えて、横に水切りラック棚を三重に置ける物を見つけた。素晴らしい水切りラックだった。これで、妻のお皿も、妻のコップも、子供たちの嵩張るばかりの食器類も丸ごと収納できる。
しかも、場所は、僕にとってのデッドスペースである対面空間。この空間は子供たちの様子がチラと除ければ十分だと思っていた。隙間から何をしてるのかな? と台所仕事の合間に見ている。
妻が台所に立つ僕を見ていた。
「そっちからは見えてるのかもしれないけど、こっちからは水切りラックしか見えないんだよね」
殺風景なのかもしれない。効率を追ってしまった者の後には何も残らないことがある。こういうことかもしれない。
妻が友人に写真を送っていた。
「対面殺し」
そう命名されてしまった。
それから我が家では、この多層型水切りラックを「対面殺し」と呼ぶようになった。
引っ越しのとき、「対面殺し」の重要なパーツであるビスが一つ紛失してしまった。他のビスで応用しようとしてもなかなか合わない。ネットで大きさが近いものを買ってみても合わないし、ホームセンターに行ってもちょうどいい物がなかった。
仕方ないので、新しく「対面殺し」を買うことになった。一年前よりもお客さまの声を聞いてパワーアップしたが、少し小さくなっていた。便利だけれども小さい。ダメ元で製造会社に以前、使っていた型のビスを販売しているか聞いてみた。
とても丁寧なお手紙と共に、別売不可というお知らせと、たまたま展示用にとっておいて、もう使わなくなっているものがあり、そのビスでよければある、ということだった。非売品なので送ってくれるということだった。感動した。水切りラックを買うなら、もうそこでしか買わない、と心に誓った。
ちなみに、今住んでいる場所は、対面式キッチンではない。そのため、シンクの部分から上の棚にまで突っ張り棒を出して、多層式の水切りラックを仕込んでも「対面殺し」とは言われない。しかも、今度はダブル使いだ。
こうして、五人家族の水切りラックはいつも満杯になりながらも家族の秩序を守ってくれている。